第178話「祈りの心」

彩乃が鳥居のお婆さんと祠で祈り続けている頃、鳥居の容態は悪化していた。

「先生!心拍数が急に200を越えて……!」
「だめだ……戻らない……!くそっ!!」

リクオ達が鳥居に呪いをかけた妖怪、袖モギ様を倒したにも関わらず、呪いで蝕まれた鳥居の体は回復することはなかった。
しかし……

「鳥居……鳥居……夏実……」

巻が集中治療室の前で鳥居の無事を祈って泣いている時、不思議な事が起こったのだ。

「光ってる……?夏実……?」

巻が見た光景。
硝子の扉越しからでもわかる程の目映い光が集中治療室を包んでいたのだ。

夏実……
夏実……
鳥居さん……

――ひばり殿……ずっと……憶えていてくれたのか……
こんなにも年老いるまで……
私のことを……
ありがとう……
これ以上の喜びは……ない。 

鳥居のいる集中治療室に、千羽は誰に気付かれるでもなく静かに現れた。
その姿は先程までの小さく頼りない姿ではなく、大きく立派な人と変わらぬ大きさになっていた。
千羽が鳥居に手を翳すと、彼女の周りに無数と千羽鶴が舞う。

――私は千羽鶴。人の想いの……結晶だ。
人の想いの大きさが私の力を強くする。
私自身が強いわけじゃない。
神だから……ほんの少し――
後押しするだけだ。 

「先生!患者の脈拍が戻ってます!!」
「なんだって!?奇跡だ!!」

………………
…………

彩乃が鳥居のお婆さんを連れて戻った時、巻が笑顔で出迎えてくれた。

「あ!夏目先輩!ひばりちゃんも何処行ってたんだよー!」
「ごめんね、巻さん。それで、鳥居さんは?」
「もう大丈夫だって!一度意識も戻ったし、今は疲れて眠ってる!」
「そっか……良かった。」
「これも……千羽様のお陰だねぇ。」
「そうですね。」
「え?千羽様?どゆこと?夏目先輩が何かしてくれたんじゃないの?」
「ううん、残念だけど私は何もできなかった……鳥居さんを助けたのは……小さな神様と優しい妖怪さん達だよ。」
「……へ?」

彩乃の言葉に巻は困惑したように怪訝な顔をする。
それに彩乃はにこにこと微笑んだのだった。

「――そうか。鳥居は助かったのか。」
「うん。リクオくんや黒田坊達のお陰だよ。ありがとう!」
「いや……拙僧は何もできなかった。袖モギを倒して呪いを解いても、彼女を助けたことにはならなかった。あの娘が助かったのは、あの娘自身が生きたいと強く願ったからだろう。」
「そんなことないよ。きっと……みんなが頑張ったからだと思うよ。それに……千羽様も。」
「千羽?……あの土地神がか?」
「うん。千羽様が鳥居さんを助けてくれたんだ。」
「――そうか。今度礼を言わなければな。」
「そだね。みんなでお参りに行こう!」

にっこりと嬉しそうに頬笑む彩乃に、リクオ達も漸く事が終わった実感をしたのか、安堵したように笑った。

「――にしても、四国の妖怪か……」
「ええ、奴等の目的は一体何なのか……」
「あいつ等……俺等のシマばかりでなく、クラスメイトにまで手を出しやがった……今度は何を仕掛けてくるかわかんねぇ。なんとか手を打たねぇとな。」
「そうですね。リクオ様。」
「――四国の妖……」

この前学校の帰り道で会ったあの人達が四国の妖怪達なんだ……
鳥居さんをこんな目に合わせるなんて許せない……
私も……もっと気を引き締めないと……

……………………
……………

「――袖モギが……やられただと……?」
「ああ。」
「総大将もいないのに……ずいぶん手際がいいな。」
「あの孫か?」
「恐らくはな……まあいい。次の手を打とう。今度は……彼女だ。」

そう言って男――玉章は制服のポケットから一枚の写真を取り出す。

「……誰だこいつ?前にぬらりひょんの孫と一緒にいた奴ぜよ。」
「彼女は夏目彩乃……友人帳の夏目レイコの孫だそうだ。」
「夏目レイコ?友人帳?」
「お前は知らないんだったな。友人帳は妖怪の名を啜った帳面だ。その帳面に名を綴られた妖怪は友人帳の持ち主に絶対服従するらしい。」
「へえ……」
「友人帳に名を綴られた妖怪の中には相当な大物もいるらしい。僕の目的を叶える為に役に立ちそうだ。……僕は友人帳が欲しい。」
「俺に任せるぜよ!」
「ああ、お前にも協力して貰おうか。犬神……」

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