第183話「助っ人」

「……っ!(何だ?動けない……?)」

女の凛とした声が辺りに響いたかと思えば、突然玉章の動きが止まった。
彩乃はその隙に玉章の腕から抜け出すと、慌てて先生の元へと駆け寄る。

「先生!」
「……ぅぅ」
ドロン! 

玉章の攻撃が収まると、ニャンコ先生はぐったりと倒れ込み、依り代の招き猫の姿に戻ってしまう。
その横には犬神が人間の姿に戻って倒れている。
彩乃は犬神を警戒しながら先生に近付くと、傷だらけのその体をそっと抱き上げた。

「先生!先生しっかりして!!」
「大丈夫かい彩乃!?」
「彩乃様!?」
「ヒノエ!カゲロウまで!どうして学校(ここ)に……」
「そんなことよりこいつ等は何なんだい!?私の彩乃を傷付けようなんて!!」

ヒノエは玉章を鋭い眼差しで睨み付ける。
その視線はあまりにも恐ろしく、視線だけで人を殺せそうだ。

「彩乃ちゃん!」
「彩乃さん!」
「リクオくん!氷麗ちゃんまで!」
「――どうやら邪魔が入ってしまったようだな。」

倒れている犬神を除けば、この場には玉章の味方は誰一人としていない。
多勢に無勢。そんな状況だというのに、玉章はどこか余裕そうに笑っていた。
駆け付けたリクオは警戒するような鋭い眼差しで玉章を見据えると言った。

「……君は……いや、お前は四国妖怪だな?僕の学校で随分と好き勝手やってくれたな。」
「おや、久しぶりじゃないか。奴良リクオくん。何、ちょっと彼女に用があってね。だが今日は御暇するとするよ。」
「何言ってんだい!?あんたは今、私の呪術で操られてるんだ。逃げられないよ!」
「ふん。この程度の術……」
ビリビリ、バチン! 
「なっ!ぎゃあっ!!」
「……簡単に解けるさ……」
「ヒノエ!」

玉章はヒノエのかけた術を無理矢理解くと、呪術返しを受けたヒノエは悲鳴を上げてよろめいた。
地面に座り込むヒノエに、彩乃は心配して叫んだ。

「――さて、僕らはそろそろ御暇するよ。いくぞ犬神。」
「何を……言っているの?あれだけ散々仲間の犬神を傷付けておいて、まだ連れ回すつもり!?」

彩乃は玉章が先程まで犬神にしていた酷い仕打ちを知っているからこそ、玉章が許せなかった。
例え犬神が先生を傷つけたとしても、仲間である玉章に尽くして捨てられた犬神に、同情してしまったからだ。
犬神を庇うようなことを言う彩乃が以外だったのか、玉章は驚いたように彩乃を見た。

「へえ……とんだお人好しの人間だね。自分の式を傷つけた妖怪を庇うのか?」
「……別に庇うんじゃないよ。ただ、あなたが嫌いなだけ。」
「ふーん……」
「……ぐ……う……」
「犬神!?」

彩乃が玉章をじっと見据えていると、意識を取り戻した犬神が身動いだ。
傷だらけの体を引き摺って立ち上がろうとする犬神に、彩乃は近付く。

「犬神、まだ動いちゃ……」
「触んなっ!」
パシンッ!

犬神を心配して彼に手を伸ばした彩乃の手を、犬神は余計なお世話とばかりに振り払った。

「あっ……」

彩乃の手を振り払った犬神は、よろよろと危なっかしい足取りで玉章に近付く。
犬神のことを見つめる玉章の視線には、犬神を心配しているような感情は宿っていない。
部下を捨て駒とはっきりと言い放ち、躊躇いなく仲間を傷つける非道な玉章にどうしてあそこまで忠誠を誓えるのか……彩乃にはわからなかった。

「……どうして……」
「おめーには、わかんねーぜよ。」
「――では、僕らはこれで失礼するよ。」
「待て!」
「!」
ビュオオオ!!

カゲロウが玉章たちを止めようと駆け出すが、突然突風が吹いて、彩乃は目を閉じてしまう。
次に目を開けたとき、そこには玉章も犬神の姿もなかったのだった。

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