第184話「夢の中の桜」

「はい。ですから2、3日家で彩乃ちゃんを預からせて欲しいんです。ええ、ええ。ご迷惑だなんてそんな!それでは失礼しますね。」

ピッ!
「……すみません、若菜さん。急に来て暫く泊めて欲しいなんて……」

ここは奴良組本家。つまりはリクオの家である。
四国妖怪の襲撃を受けて傷ついたニャンコ先生を治療する為、彩乃達はリクオの家に帰ってきた。
鴆にニャンコ先生の治療をしてもらったのはいいが、絶対安静とのことで暫く先生は奴良組で看てもらうことになった。
彩乃もまた、自分のせいという責任感もあってか、先生が心配で彼が目覚めるまで奴良組でお世話になることにしたのだった。
問題は藤原さん達にどう説明するかで、彩乃が困っていると、リクオの母である若菜さんが藤原さん達に上手く話をつけてくれたのだ。
突然家に上がり込んでしかも暫く泊めて欲しいと言っても、若菜さんは嫌な顔ひとつせずに了承してくれた。
人に迷惑を掛けることを何よりも嫌う彩乃は、笑顔の若菜に申し訳なさそうに頭を下げた。

「いいのよ。それよりも、ねこちゃん早く良くなるといいわね。」
「……はい。」

若菜の言葉に、彩乃は沈んだ表情で頷いた。

******

彩乃がニャンコ先生のいる部屋に戻ると、そこには鴆とリクオ、ヒノエがいた。

「あ、彩乃ちゃん。電話終わったの?大丈夫だった?」
「うん。若菜さんが上手く話をつけてくれて……」
「そっか。」
「……先生は?」

彩乃は布団に寝かされているニャンコ先生に近付くと、静かに正座した。
身体中に包帯を巻かれ、ぐったりとしている見たことのない先生の姿に、彩乃はぎゅっと胸が締め付けられた。

「はっきり言って良くねえな。幸い命に別状はないが、かなり傷が深い。目覚めるのに時間はかかるだろうな。」
「……そう。ありがとう、鴆。」
「……あんま気にすんな。お前のせいじゃねーよ。」
「……でも……」

落ち込んで俯く彩乃の頭にポンッと優しく手を置いて励ます鴆。
けれど彩乃は自分のせいでニャンコ先生が怪我をしたのだと自分を責めずにはいられなかった。

「彩乃のせいじゃないよ。悪いのはこんな写真を使ってあんたを誘き寄せた四国の連中さ。あとそこの鳥男……いつまでも私の彩乃に触ってんじゃないよ!」
「お、おう?何だこいつ……」

ヒノエは彩乃の頭を撫でる鴆を鋭い眼差しで睨み付けながら、一枚の写真をヒラヒラと指で遊ぶ。
その写真は彩乃が昇降口で見た藤原夫妻の写真だ。
思えば、明らかに罠であるのに写真に動揺して勝手な行動をしたのが悪かったのだ。
ますます落ち込む彩乃に、リクオは困ったように写真を見る。

「――友人帳を狙ってくるとは予想してたけど、まさか藤原さん達の写真を使って彩乃ちゃんを脅してくるとは思わなかった……僕の考えが足りなかったばかりにこんなことになって、本当にごめん。」
「そんな!リクオくんのせいじゃないよ!私が……弱かったから……」
「はいはい。もうこの話は終わりにしないかい?辛気臭いのは嫌いなんだ。斑は怪我はしたけど生きてる。彩乃の家の連中はカゲロウと奴良組の鴉共が守ってる。それでいいだろ!ウジウジ悩んでても結果はなにも変わんないよ!」
「ヒノエ……そうだね。ありがとう。」

どこか元気のない笑みでお礼を言う彩乃に、ヒノエはやれやれと肩を落とす。

「仕方ないから今夜は私が斑の看病をしてやるよ。だからあんたはさっさと寝て、その酷い顔をどうにかしな。」
「ヒノエ……ありがとう。でも、先生の側にいたいの。」
「はあ……だったらここに布団を敷いてやるから、それでいいね?」
「うん。……ごめんね。」
「いいさ。あんたがわがままを言うなんて滅多にないし、私は彩乃が好きだからね。」

ヒノエの言葉に彩乃は今度は嬉しそうにちょっとだけ顔色の良くなった笑顔を向けたのだった。
その日の夜は、彩乃は先生に寄り添うようにして片時も離れずに過ごした。

……………………
………………

そして……彩乃は不思議な夢を見た。
真っ暗な空間に自分一人だけがただ立っているのだ。
その空間には一本の大きなしなだれ桜の木が聳え立っていた。

「……綺麗……」

あまりの美しさに目を奪われた彩乃は、思わず誰もいないのに呟く。
そして吸い寄せられるように近付いた。

「ふふ、綺麗でしょう?」
「えっ……」

彩乃は驚いて振り返る。
てっきりこの場所には自分一人だけかと思っていたのに、自分以外の人の声がしたのだ。
振り返った瞬間、彩乃は息を飲んだ。
そこには、とても……とても美しい女の人がいた。

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