第10話「レイコを知る人」

名取に案内されてやって来た建物の中には、何百人という数の人と妖が集まっていた。

「――こんなに……?ここにいる人たちが本当にみんなそうなんですか?」
「はは、君にはほとんどの妖も視えているからね。」
「そう、ですね……」

妖の中には人型の者も多く存在していて、彩乃はそれが人なのか妖なのか見分けがつかない。
ここいる人たちのどれが人で妖なのか、彩乃には区別がつかないのだ。

「……おい、何だあの見かけぬ子供。」
「……おや?」
「あれはレイコじゃないか?夏目レイコ。」
「!」
(……今、レイコって?妖?それとも人の声?)

微かに聞こえた祖母の名を呼ぶ声に彩乃が気を取られていると、名取に声をかけられた。

「面をつけるかい?みんな情報が欲しくて集まるが、素性を知られたくはない者もいるんでね。偽名を使うのも自由だ。」
「……名取さんはいいんですか?素性を隠さないで?」
「隠そうとして隠せるものではないからね、このきらめきは。」
「……そうですか」
「寧ろ俳優のそっくりさんなノリだと思われてるんじゃないのか?」

名取との聞き慣れたやり取りを流しつつ、受け取ったお面を被る彩乃。

「実は名取家は祓い人を昔生業にしていたから、結構有名なんだ。いつかの頭主が嫌気がさして廃業してたが、資料は色々残っていて、今は私が使わせてもらっている……よく、来てくれたね。」

柔らかく微笑む名取に、彩乃は自分の正直な気持ちを伝える。

「……自分に出来ることを、見つけたいんです。」
「……そうか。」

優しげに微笑む名取の顔にヤモリの痣が蠢いていた。
名取の皮膚には妖が住んでいる。
人には見えないヤモリの形をした痣で、体中を動き回る。

「相変わらず不気味な痣だな。恐ろしくはないのか?」
「っ!先生!」
「はは、全く害はなく、動き回るだけだからね。もう慣れたよ。」

ニャンコ先生の心無い一言に彩乃が咎める様に名を呼ぶが、名取はなんてことのないように笑って答える。

「ただねこいつ、左足には決して行かないんだ。それが気持ち悪い。」
「それって、どういうことですか……?」
「それはね……「名取」」

名取の言葉を遮って、一人の女性が声をかけてきた。
見た目四、五十歳くらいの女性は親しげな笑みを浮かべてこちらにやって来る。

「新しい式をつけたっていうから見にきたよ。最近はうちの式もろくなのがいなくてね、どこかで強力なのを捕ってこないとならない。」
「七瀬さん。」
「先程はうちの式たちが失礼したようで、あんな小物、いつでも捨てて良いのだが……」
「……(何、この人……)」

捨てるだの、捕らえるだのと、まるで妖を道具の様に扱う言葉を、顔色一つ変えずに笑顔で言っている。
七瀬と呼ばれた女性を彩乃は知らず知らずのうちに恐ろしいものでも見る様な目で見つめていた。

「相変わらずですね。……的場さんもいらしてるとか……」
「ふふ、会長は会場をぐるっと見渡して、面白いものを見たと言ってもう帰ってしまった。」
「面白いもの、ですか?」
「……あの、名取さん?」

彩乃は遠慮がちに名取に声をかけると、名取は彩乃に気づいて女性を紹介してくれた。

「ああ、この人は七瀬さん。的場さんっていうとても強力な妖祓い人がいるんだ。七瀬さんはその秘書のようなものだ。七瀬さん、こちらが友人の夏目さん。そちらがうちの新しい式の柊です。」

前半は彩乃に、後半は七瀬に説明する名取。
名取の紹介を受けた七瀬は何故か先程までの笑顔を引っ込め、じっと彩乃を見つめてきた。

「……ナツメ……?……君、ひょっとして、レイコを……夏目レイコを知っているかい?」
「――ぇ」
ドクン!

突然祖母、レイコの名を出され、彩乃の心臓が大きく跳ねる。
今までレイコの名を口にするのは、いつだって妖たちだった。
それが今、初めて人から祖母の事を尋ねられ、彩乃はとても動揺した。

「……祖母を、ご存知なんですか……?」
「――祖母?では君はお孫さんか……いや、すまない。よくは知らないんだ。ただ、時々妖たちの話にのぼるのでね。とてもきれいで強い力を持った人だったと……」
ドクン
「――そう、ですか……」
「まだご健在かい?」
「――いえ……若いうちに亡くなったらしいです。」
「亡くなった……ご病気?事故?それとも……」
ドクンドクン
「妖にでも――?」
ドクンッ!
「……え」

七瀬の言葉を聞いた瞬間、彩乃の心臓がいっそう大きく跳ねる。

「いえ……そんなことは……」
「どんな風に亡くなったんだい?お身内でしょう知らないのか?」
「く……詳しくは知らないんです。小さい頃、どこかの木の下で亡くなっていたと聞いたことがあるだけで……」
「……知りたいとは思わなかったのかい?」

七瀬にレイコについて次々と質問される度に、彩乃の心臓はドクドクと脈打つ。

「……そんなこと、訊ける立場じゃなかったんです」

……ずっと……
誰にも……

こんな風にレイコさんについて尋ねてくる人はいなかった。
レイコさんの事を知る人は少ない。
夏目の名字のままの祖母は母を産み、その後間も無く亡くなったと親戚の大人たちからは聞いていた。
レイコさんの夫…私の祖父を知る人は誰もおらず、夫のいないまま子供を産んだレイコさんは世間から冷たい目で見られていたようだ。
だから親戚もレイコさんの事を訊くと、あまりいい顔をしない。
知りたいと思っても、尋ねることすら出来なかったのだ。

「――そうか、すまない。だかもう、ひとりで戦うことはないよ。」
「……」

七瀬は優しく彩乃の頬を撫でると、柔らかく微笑む。
本当に……?本当に、もう、私は……
人を信じてもいいのだろうか……?

彩乃の心が大きく揺れ動いている間に、七瀬は名取に声をかけていた。

「じゃあね、ゆっくりしていくといい。そういえば聞いたよ名取、賞金首を狙うそうだね。」
「ええ、まあ、金も入りますし……」
「はは、あれに式を喰われた者も結構いるらしいから、懸賞金がかかったんだろう。お前に退治できるレベルの妖とは思えんな。」
「ええ、退治は無理でも、封印くらいなら出来るでしょう。」

微笑んでそう答える名取に対し、七瀬は薄ら笑いを浮かべると、懐から小さな壺を一つ取り出した。

「……成る程、お前程の力なら可能かもしれないな。餞別がわりにこの魔封じの壺をやろう。あまり自棄を気取るなよ、名取。」
「……どうも。」

七瀬は壺を名取に放り投げると、そのまま何処かへと行ってしまった。

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