第9話「いざ会合へ」

「……どうしよう。熱が出てきた……」
「傷口からあの顔の妖の邪気が入り込んだのだろうな」

その夜、彩乃は一晩寝る間も惜しんで鳥の妖の看病をしていた。
元々布団を妖鳥に貸していて、彩乃の寝る所が無かったのもあるが、夜中になって妖鳥の容体が悪化したのだ。

「とりあえず、氷で頭を冷やしたけど……」
「この様子では死ぬな。」
「そんな!?」

ニャンコ先生の言葉に彩乃は悲痛な面持ちで叫ぶ。

「喰っていいか?彩乃。」
「駄目に決まってるでしょ!このバカ猫!!」
ゴンッ!

とんでもない事を言ってのけるニャンコ先生に彩乃のゲンコツが炸裂する。
地面にめり込んだままの先生を無視して、彩乃は看病を続けた。

「……っ!」
「(……苦しそう)……ねぇ、ニャンコ先生、どうにか出来ないかな!?」
「仕方あるまい、ヒノエを呼ぶか。あ奴なら呪術や薬に詳しい。」
「!、そっか、ヒノエ!」
「では呼んでこよう。」

ニャンコ先生はそう言って窓から出て行くと、数分後にそれはやって来た。

「彩乃ーーっ!!!」
「ぎゃあっ!!」

突然彩乃の部屋に現れたその人型の妖は、彩乃に抱きつくと体中を撫で繰り回す。

「ああ、彩乃、彩乃!そのレイコに似た凛として美しい容姿!女独特の柔らかな肉体!あぁぁぁあっ!!」
「ぎゃあっっ!どっ、どこ触って……っ!わかった、わかったから……ヒノエっ!!」
「ああ、彩乃、彩乃!!」
「〜っ!!いい加減にしろっ!!」
ゴンッ!
「ぎゃっ!」

尻やら胸やら撫で繰り回わされ、耐えられなくなった彩乃はヒノエの頭にゲンコツをくらわせた。
殴られてまるでカエルが潰れたような声を出すヒノエだったが、次の瞬間には頬を朱色に染め、恍惚とした表情でうっとりと彩乃を見つめてきた。

「ああ、そのつれない態度がまたいい!レイコに似て、妖には容赦ないねぇ……ああっ、素敵だっっ!!」
「……」
「おいヒノエ。彩乃がドン引きしてぞ。」

青ざめた顔でヒノエを気持ち悪いものでも見るような目で見つめる彩乃。
ヒノエはヒノエで、殴られたのに何故か嬉しそうだった。

*****

「……ふむ。お前は本当に面倒な事に巻き込まれるねぇ、彩乃。」
「好きで巻き込まれる訳じゃ……」

あれからお互い落ち着いた頃、彩乃はヒノエに妖鳥こと、顔の妖こと、会合の事を簡単に説明した。

「――よし、話はわかった。お前たちが会合とやらに行っている間、この妖は私が面倒みようじゃないか」
「!、本当に!?」
「ああ、その代わりに、彩乃の部屋に一晩でいいから泊めておくれ?」
「……えっ」
「ああいいぞ!」
「ニャンコ先生!?」

たっぷり間を置いて漸く反応した彩乃がめんどくさくなったのか、ニャンコ先生が勝手に了承してしまい、彩乃は青ざめた。
ただでさえヒノエはレイコが大好きで、そのレイコに瓜二つで孫の彩乃を気に入っている。
その上女好きの為、彼女のスキンシップは半端ない。
そんなヒノエを一晩泊めたとなれば、彩乃の精神と身が持たない。
絶対に四六時中彩乃に取り憑き、匂いを嗅ぎ、体を触りまくるに決まっている。
それを想像して、彩乃は青ざめるのだった。

「よし、では契約成立だな。」
「いやいや、ちょっと待って……!!」
「諦めろ彩乃。その鳥を助けたければヒノエに任せるしかないぞ?」
「ううっ……わかったよ。」

彩乃は傷ついて苦しむ妖鳥を見て、諦めたようにがっくりと肩を落とすのだった。
結局そのまま朝になり、夕方になっても妖鳥は目を覚まさなかった。

*****

「確か、この辺の筈だけど……」
「こっちか、飲み会会場は。」
「会合ね!」

約束の時間になり、彩乃は妖鳥をヒノエに任せ、名取に渡させたメモの場所へとやって来た。

「ようこそおいでだ、お客人。」

不意に声が聞こえてそちらを見ると、そこには茂みにちょこんと乗った小さな妖がいた。

「入口はこちら。」

その小さな妖は北口と書かれた蛇の目傘をさしていた。

「……成る程、妖に案内させれば、見えない人は辿り着けないわけね。」
「この辺りも変わったな。昔は大物な妖共が治めていたのに、殆どが人間に狩られたからな……」
「狩られたって……」
「おや、娘。こんな森で何を?」

彩乃がニャンコ先生の言葉に驚いていると、茂みの影から二匹の妖が出てきた。

「ひょっとしたら会合へ?私達もなのだよ。」
「さあさあ、こっちだ。一緒においで。」
「え、あの……」
「それに触るな。」

二匹のうちの天狗の面を被った妖が彩乃に手を伸ばすと、当然それを制止する声が聞こえた。

「その子に触れたらその猫に喰われてしまうぞ。ギンジ、アイカワ。」
「名取さん……」

振り返ると、そこには柊を連れた名取さんがいた。
彩乃は気づいていなかったが、もしこの時名取が妖たちを止めなければ、ニャンコ先生はこの二匹を本当に喰ってしまうつもりだったのだ。

「ぎゃっ!これは名取の若様!べっ、別に喰べようとしたのではありませんよ!」
「えっ!?(喰べようとしてたの……?)」

妖たちの動揺ぶりから、それが嘘だとすぐにわかった彩乃は、危うく喰われていたかもしれないとわかって冷や汗を掻いた。

「お前たちがいるということは、的場さん来てるのか。」
「はい。名取様が捕った新しい式が見たいと……ではではこれにて!」

そそくさと去って行く妖たちを見て、名取はため息をつく。

「やれやれ、やはり君を連れて来るのはまずかったかな。」
「今更そんなこと言わないで下さい。新しい式って?」
「『柊』だよ。あの時君が助けてくれた。」
「久しいな、夏目。」
「柊!」

名取の後ろに控えていた妖が彩乃に声をかけてきた。
角の生えた面をつけた彼女の名は柊。
以前初めて名取さんに会った時、柊は人間に捕らえられ、ある蔵を守るよう呪縛の呪いをかけられていた。術者以外の人間が蔵を開けたら祟るように命じられて、従わなければ首につけられた縄が首を絞めて死ぬ呪いだった。
名取さんはその柊を退治しにやってきて、彩乃たちはそれを阻止しようと揉めたのだ。
結局、柊は何とか呪いから解放されたが、彼女のたっての希望で今は名取の式になっている。
正直に言えば、彩乃は自由になって欲しかったのだが……

「久しぶりだね、柊。元気そうで良かった!」
「……夏目、服を脱げ。」
「……は?」

一瞬、柊に何を言われたのかわからずに彩乃は間抜けな声を上げてしまう。

「さっさと脱げ!」
「わーーっ!」
ゴッ!
「うっ!」

彩乃の服を引っ張り、無理やり脱がそうとする柊に思わず彩乃は顔面パンチをくらわせてしまう。
痛みで悶える柊に彩乃は慌てて謝った。

「ご、ごめんね、柊?」
「……では、腕を出せ。」
「えっ?こう?」

彩乃は柊に言われるがままに長袖の袖を捲ると、柊は墨のついた筆で何やら文字を書き始めた。

「魔除け文字だ、本来は心臓の上に書く。これで喰われてもまあ、左腕だけは残るだろう。」
「……へ、へぇ。」

彩乃は柊の言葉に冷や汗を掻く。
しかし、きっと自分の為にわざわざ書いてくれたのだろう彼女の優しさを感じて、彩乃は微笑んだ。

「ありがとう、柊!」
「……ああ。」
「耳なし芳一は耳を喰われたように、お前は本体を喰われるんだな。」
「……喰べられないよね?先生がいるだから」
「どうだろうな?」
「……そう言えば、今日は塔子さんが明日のおやつに羊羹を買ってきてくれてたなぁ〜」
「全力で守ってやるぞ!!」

何とも現金な用心棒に彩乃は呆れつつも、名取の案内で会合を目指すのだった。

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