第193話「狒々の息子」

「リクオくん!リクオくん!」
「……」
「リクオ様、しっかりしてください!」

突然倒れたリクオを心配して彩乃や氷麗を始めとする側近たちがリクオの元に駆け寄る。
しかし、呼び掛けても揺すっても、リクオから反応はない。

「鴆様を呼べ!すぐにだ!」
「……リクオくん……」
「おい」

黒田坊に背負われて運ばれていくリクオを心配そうに見つめ、自分もついていこうとした彩乃を、誰かが呼び止めた。
足を止めて振り返れば、そこには先程一人だけ威勢よく四国妖怪に奇襲をかけようと叫んでいた青年だった。

「……あなたは?」
「俺は猩影。狒々組二代目だ。」
「狒々組って……確か……」
「お前、友人帳の夏目だろ? 」
「そうだけど……」
「っ!やっぱり!!お前のせいで!!」
「きゃっ!」

彩乃が自分の素性を認めると、猩影は突然怒りを露にし、彩乃の胸ぐらを掴み上げた。
あまりにも突然のことに抵抗する間もなく、彩乃は悲鳴を上げた。

「お前の……お前のせいで親父は死んだんだ!」
「え……」
「お前の祖母が親父の名を奪わなければ、お前がさっさと名を返していれば、親父は本来の力が出せずに死ぬことはなかった!!」
「……っ」
「あんな四国の連中に殺られるような器じゃないんだ。本来の力が出せていれば、きっと勝てた。あんな惨めな死に方をすることもなかったんだ!全部……全部お前のせいだ!!」
(狒々って……あの時の友人帳の名の……彼はその息子ってこと……?私のせいで……!?)
ギリッ
「ぅ……」
「猩影やめろ!!」
「うるせえっ!!こいつのせいで親父は!!」

猩影は彩乃の胸ぐらを掴む手に力を込めた。
ギリリと首が締り、彩乃は苦しげに顔を歪める。
するとそれに気付いた首無が慌てて止めに入った。

「狒々様が死んだのは彼女のせいじゃない!」
「そんなわけあるか!みんな言ってた!友人帳に名を啜ったりしなければ負けることはなかったろうって!親父は死なずに済んだんだ!!」
「あ……!」
「いい加減にしろ!彼女と狒々様は面識すらなかったんだ。名を返せなかったのは運が悪かったとしか……」
「運が悪い!?そんな理由で親父が殺されてたまるか!!」
「猩影!!」
「……ごめんなさい。」
「ああ?謝っても親父は帰ってこねーよ!」
「……ごめんなさい……」
「猩影やめろ!いい加減に……「その手を放せ小僧!!」斑!?」

彩乃の胸ぐらを掴んで彼女を責め続ける猩影の腕を、青年の姿になったニャンコ先生が掴んだ。

「……誰だよお前……」
「そいつの先生だ。いい加減にそいつを放せ。狒々が殺られたのは友人帳のせいでも、そいつのせいでもない。」
「はあ!?あんたには関係な……「どけっ!」うわっ!」

ニャンコ先生は長身の猩影を軽々と突き飛ばすと、彩乃の手を掴んで歩きだした。

「……っ、先生待って!」
「あんな奴一々構うな!」
「でも……」
「……ふん!」

ニャンコ先生に手を引かれながら、彩乃はちらりと後ろを振り返った。
猩影はこちらを鋭い眼差しで睨み付け、じっと彩乃から視線を外すことはなかった。
そんな彼から彩乃はすぐさま視線を外すと、そっと目を閉じてやり過ごすのだった。

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