第12話「夏目、陣を使う」

会場の中を一通り回りながら、彩乃は考えていた。
私は、名取さんみたいに妖を退治することはできない。
だけど、あの顔の妖に沢山の人や妖が襲われている。
私を頼って来たかもしれない、あの鴉の妖も……
私に妖退治の協力を申し出てくれた名取さんにも、何もしてあげられない。
せめて、今あの妖がどこにいるかくらい調べられたらいいのに……

「……名取さん。」
「ん?」
「私を探す時に飛ばした紙人形で、あの顔の妖を探せませんか?」
「いや、名を知らないからおそらくは無理じゃないかな?……あっ、待てよ?この会場には気が満ちているし、君程の力があれば、ひょっとしたら飛ばせるかもな。」
「!、お願いします!」
「……彩乃?」

彩乃はとても嬉しそうに顔を輝かせると、力強く名取に頼み込んだ。
その様子がどこか焦っているような、余裕のないように感じて、名取は怪訝そうに彩乃を見つめた。
それから三人は控え室に移動し、名取はすぐにテーブルの上に塩を溶かした白い液体で陣を描き出した。

「その陣の上に手を出して。目を閉じたら相手の姿を頭に描く。」
「……」
「探すよう、命じながらね……」

彩乃は言われた通りに紙人形を乗せた掌を陣の上に出し、目を閉じて顔の妖の姿を頭に思い描く。

カサ
カサカサ……

すると、紙人形は微かに動き出し、ふわりと浮き上がった。

「――行って!」
ビュン
ばりんっ!
「わーーっ!ガラスを!!」
「ごめんごめん、窓開け忘れてた。」

紙人形は彩乃が命じた瞬間に、窓ガラスを突き破って外へと飛び去って行った。
ガラスを割ってしまった事に青ざめる彩乃と、感心したように紙人形が飛んで行った方向を見つめる名取。

「しかし、初めてで成功するとは……本当は人形を追うのがいいんだけど、あの早さでは……おや?」

外へと飛び去っていった筈の紙人形は、何故かこちらに戻ってきてしまい、彩乃たちを擦り抜けて会場の中へと飛んで行ってしまった。

「戻ってきた……失敗したんですか!?」
「――いや……」
「まさか……この建物の中に!?」
「霊力の強い人間は美味だから、喰いに来ているのかもしれんぞ。」
「っ!」

ニャンコ先生の言葉に彩乃と名取はすぐさま紙人形の飛んで行った方向へ走る。

「柊!」
「先に行きます。」

名取は今唯一連れている式である柊を呼ぶと、柊は紙人形を追って目にも留まらぬ早さで消えた。

(どこ、どっちへ行ったの!?)

『ウソつき』
『ウソつき』

彩乃の脳裏に、幼い頃に同級生の子供たちから言われた言葉がよぎる。
物心付いた頃から妖が見えていた彩乃は、幼い頃、自分には当たり前に見えている妖が他の人に見えないことが理解出来なかった。
だから妖を見る度に怯え、泣き叫んだ。
それが、見えない者たちからどんなに奇妙に見えるかもわからずに……

守らなきゃ
ここにいる、同じ痛みを知る人たちを……

今まで何も出来なかった。
この町に来て与えらればかりだった私にも、何か人の為に出来ることがある筈だ。

「――っ!」

不意に嫌な気配を感じて、彩乃はある部屋で足を止めた。

「――彩乃?」
「静かに。」

不思議そうに声をかける名取に彩乃はそう言うと、集中して耳を澄ます。

……カサ
……カサカサ
カサカサカサカサ

「……紙人形が、天井に……!」

微かに聞こえる紙の擦れる音を頼りに音のする場所を探すと、紙人形は天井に張り付いていた。
暫く上を見上げていると、紙人形の張り付いた辺りが徐々に赤く染まっていく。

「!、みんなさがって!」
ミシッ
どおんっ!

彩乃が叫んだのと同時に、天井からあの顔の妖が落ちてきた。

「ふ〜〜」
「うわっ!なんだこの妖は!?」
「……出たな。」
「……っ!」

突然の妖の登場に会場がざわつくつく中、彩乃は顔の妖のこめかみに見覚えのある太刀が刺さっているのに気づく。

(……あれは、柊の太刀!?)

彩乃が柊の身を案じて気を取られている間に、顔の妖は会場にいる人たちを襲い始める。

「うわぁ!」
「ひっ、た、助け……!」
「ダメっ!やめて!!」

その光景を見た彩乃は思わず考えるよりも先に妖の前に立ち塞がっていた。

ガブリっ!
「……うっ!」
「なっ!彩乃っ!!」

人と妖を庇うように両手を広げて立ち塞がった彩乃の左腕に顔の妖は勢いよくかぶりつく。

「……っ、このっ!」
ゴッ!!
「ぎゃっ!」

痛みで顔が歪むが、彩乃は次の瞬間には顔の妖の顔面を殴りつけた。

「ぎゃ、ぎゃっ!」
「うわ!」
「にっ、逃げたぞ!」
「おい君、大丈夫か!?」

彩乃に殴られた妖は怯んだのか、どこかに逃げてしまう。
それに彩乃は痛む左腕を押さえながら叫んだ。

「先生!!」
「……ちっ、追ってやるわ、阿呆!」

彩乃の叫びにニャンコ先生は本来の姿に戻ると、顔の妖を追っていく。

「何だ!?あのような大きな式……」
「名取、あの子は一体……」
「あの化け物を拳ひとつで追い払うとは……!!」

顔の妖やニャンコ先生の突然の登場に、会場にいた人たちが騒ぎ出す。

「名取、小娘!追うな、喰われるぞ!!」

誰かがそう叫んだが、彩乃と名取はその言葉に足を止めることなく顔の妖とニャンコ先生を追って部屋を飛び出したのだった。

「お兄ちゃん!私たちも早く行かな!」
「……待て、ゆら。」

先程までの一部始終を見ていたゆらは、彩乃たちに加勢しようと兄に言うが、何故か竜二はゆらを止めた。

「……暫く様子見だ。」
「っ!何でやお兄ちゃん!?」

妖怪は絶対に滅するべき悪だと日頃から口を酸っぱくして言い聞かせてきた竜二らしくない言葉に、ゆらは納得出来ないと兄を問い詰める。

「早く加勢せな、あの二人がやられてしまうやろ!?」
「あれだけの霊力を持った祓い屋があの程度の妖怪にやられるかよ。」
「せっ、せやかて、祓い屋は封印中心の術師やで!?万が一封印に失敗して、あの妖と戦うことになったらまずいやろ!妖怪との戦闘に慣れとる私らが行かな!!」
「その時は退治してやるさ。だが、今は手出しはするな。……あの女の力量がどこまでのものか見定めたい。」
「お兄ちゃん、本気で言っとるん!?」

人の命がかかっているのにも関わらず、どこか楽しげに笑う竜二にゆらは信じられないといった表情を浮かべる。

「万が一奴らが失敗した時はちゃんと助けてやるさ。……お手並み拝見だな。」
「あ、待ってや!」

竜二は楽しげにそう言うと、彩乃たちの後を追って歩き出す。
ゆらはその後を慌ててついて行くのだった。

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