第13話「七瀬の策略」

彩乃のたちが外へ出た時、夕焼け色だった空はすっかり薄暗くなっていた。
彩乃と名取は近くに落ちていたできるだけ太くて長い木の枝を拾い、枝の先に霊力を込めた護符を刺して、即席で杖を作ると、二人は顔の妖を捕らえる為の陣を描いていた。

ガリガリ
ガリガリ、ガリガリ
「腕は大丈夫かい?」
「はい、柊の字のお陰で……柊は大丈夫でしょうか?」
「君程無茶はしないさ。」
「……名取さん?」

顔の妖に柊の太刀が刺さっていたが、その柊の姿が未だに見えない。
柊の身を案じて呟いた彩乃の言葉に、名取はどこか怒りを含んだ低い声で答えたような気がして、彩乃は思わず名取を見つめるのだった。

「よし、陣が出来た。道具も即席だが……
やり方は今教えた通り、落ち着いて。」
「はい。」

描いた陣の真ん中に魔封じの壺を置き、顔の妖が来るのを待つ。
すると空から顔の妖をこちらに追い込むようにして後を追う先生と、顔の妖がこちらに向かって飛んでくる。

「来ます!」
「よし、やるぞ!」

名取の掛け声に彩乃は陣の前に膝をつき、護符を挟むように手を合わせる。

「「出でよ、我はその手を求む。」」

名取と共に術の詠唱を唱える。
地面に杖を一度突き、手に持っていた護符を顔の妖に向ける。

「「掴め、闇を守りし者よ」」

彩乃と名取がそう詠唱を唱えると、陣から影の様な黒い腕が何本も伸びて、顔の妖に巻きついて捕らえる。

「ぎゃっ!」
しゅるしゅる
ズザザザッッ
ドン!!
「!ふっ、蓋!」
「はっ、はい!」

顔の妖は影ごと壺の中に吸い込まれると、彩乃は慌てて壺に蓋をした。
壺は小さく二、三度揺れると静かになった。
完全に封印できたことに、彩乃と名取は深く安堵の息を吐いたのだった。

「……お……終わった……」
「まさか、成功するとは……」
「この阿呆共め!私まで吸われたらどうするつもりだ!!」

疲れ果てて座り込む彩乃たちにニャンコ先生が何やら文句を言っていたが、彩乃はとにかくほっとしたのだった。

「――悪かったな、彩乃。会合に来れば独りでないことがわかるかと思って連れて来たけど、君程の力を持つ者は、あまり顔や名を人に知られない方がいいかもしれない」
「名取さん……」
「……彩乃。何を焦っているのか知らないけれど、人間は無茶をしたって強くならない。もっと自分を大事にしてくれ。君を大切に思う者はいるのだから、彩乃に何あれば悲しむよ。私も含めてね……」
「名取さん……ごめんなさい。」
「……彩乃、まずは自分を知ることから始めてごらん。」

落ち込んで項垂れる彩乃の頭を名取は優しく撫でる。
自分にも何か出来ないと焦って、空回りして、無理をして自分を傷つけても、誰も喜ばない。
今の自分には大切に思ってくれている人たちが沢山いる。
その人たちを心配させてはならない。
悲しませてはならない。
名取はそう思って自分の身を犠牲にして妖に立ち向かう彩乃に怒っていたのだと、彩乃は漸く気づいた。

「――はい。」

彩乃が素直に反省して謝ると、突然壺に羽が生えて何処かへと飛んで行ってしまった。

「つ、壺が飛んで行ったーー!?」
「いやはやお見事。」

彩乃たちが突然の事に驚いていると、壺はある人の元に飛んで行く。
その人は薄ら笑いを浮かべて壺をキャッチすると、言った。

「悪いがこれは貰っていくよ。」
「七瀬さん!?」

壺を横取りしたのは七瀬だった。
思わぬ人物の登場に、彩乃たちは目を見開く。

「言ったろ、強い式が欲しくてね。この妖には目をつけていたのさ。まさかこんなに上手くいくとは思わなかったがね。」
「……まさか、その為に魔封じの壺を私たちに渡したの!?」
「そうだよ。いらなくなった鴉を餌にして捕まえようとしたが、逃げられてしまって、諦めようかと思っていたんだよ。」
「……っ!?(鴉……?ひょっとしてあの妖!?)」

彩乃の脳裏に自分の部屋に現れた鴉の妖がよぎる。
そして七瀬の言葉に激しい怒りを覚えた彩乃は、叫んだ。

「妖を……式だった鴉を餌にしたの!?よくもそんな酷いこと……その妖をどうするつもり!?壺を返して!!」
「返してどうする?会合へ持って行けば退治されてしまうぞ。この妖。」
「……っ!」
「人に害を成し、退治されて当然な化け物を人の為に使ってやろうと言うのだ。何が悪い?」
「そんなの……「妥当な考えだな。だが、それでは駄目だ。」」
「「!?」」

七瀬の言葉に彩乃が何かを言い返そうとすると、その声を遮って誰かがそう言った。
名取でもニャンコ先生でもない男の人の声に彩乃たちは弾かれたように声のした方へと視線を向けた、その瞬間だった。

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