第204話「夏目と猩影」

「……えっと……何……かな?」
「……」

昨日あんなことがあったせいで、つい身構えってしまう。
そんな彩乃を猩影はどこか気まずそうに見つめていた。

「――昨日は……悪かった……」
「え……」

何を言われるかと思えば、突然謝ってきた猩影に、彩乃はきょとりと目を丸くする。
意外と言いたげな彩乃の表情に猩影は申し訳なさそうに顔を歪めた。

「その……俺は……」
「……」
「お前に……親父を無惨に殺されたやり場のない怒りを……ただ、ぶつけていた……だから、その……悪かった。」
「……えっと……」

申し訳なさそうに謝る猩影に、彩乃は戸惑って何も言えなくなってしまう。
そんな彩乃の様子をどうとったのかはわからないが、何も言わない彩乃に猩影は焦って捲し立てるように喋りだした。

「その、俺はお前に八つ当たりしてたわけで、それは申し訳なく思う。友人帳に名を綴ったのは親父の意志でやったことなのに、お前の祖母やお前のせいにしたりして……だから!」
「……もう……いいよ。」
「だけど!」
「こうして謝ってくれたんだから、もういいよ。」
「……悪かった。本当に……」
「ふふ、そんなに何度も謝らなくていいよ。えっと……」
「……猩影だ。」
「猩影だね。」
「ああ。」

そう短く呟く彼に、彩乃は嬉しそうに微笑んだ。
彼にどんな心境の変化があったのかはわからないが、こうして猩影の方から彩乃に歩み寄ってきてくれたことがとても嬉しかった。

「俺は……今でも玉章を許せない。それはこれからもきっとずっと変わらないと思う。だから……玉章を許したリクオ様が本当に俺が仕えるべき器なのかわからないんだ……」
「そっか……でも、それは仕方無いと思う。」
「お前は否定しないのか?リクオ様とは友人なんだろ?」
「そうだけど、リクオくんを認めるかは猩影次第でしょ?君がこれから先どうしたいか、リクオくんが本当に自分が認められる器の人物に値するかは、猩影が決めることだし。これから先のリクオくんを見て……」
「そうだな……俺は……親父みたいになれるかな……」
「猩影は狒々さんのこと、尊敬してるんだね。だったら、きっとなれるよ立派な二代目に!」
「……そうだと……いいな。」

そう言って遠くを見つめる猩影の目は、まだどこか迷っているようだった。
だけど、この先を決めるのは猩影自身だから、彩乃は何も言わずに彼を見つめた。

「――夏目。お前も何か困ったことがあれば頼れよ?俺で力になれることがあれば力になってやる。」
「ふふ、ありがとう。猩影。」

猩影の優しい言葉に、彩乃は嬉しそうにはにかんだ。
四国妖怪の襲来は、多くの人に沢山の心の傷を残した。
そしてそれは彩乃にも……
狒々、針女。他にも多くの命がこの戦いで散っていった。
悲しいことが沢山起きた今回の騒動。
みんなそれぞれ心に思うことがあるだろう。
だけど、それでもみんな各々に前に進んでいかなければならない。
それが、生きている者の、これから先を生きていく者のやるべきことだと思うから……

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