リクオのおばあちゃん(四国編番外編)

「そう言えば私……リクオくんに訊きたいことがあるんだ。」

きっかけはこの彩乃の一言だった。
四国妖怪の襲撃から数日が経ち、少しずつ落ち着いてきた頃、彩乃が思い出したようにリクオに尋ねた。
いつものように学校帰りに奴良組に来て名を返し、居間で我が家の如く寛いでいた時の事……

「僕に訊きたいことって何?彩乃ちゃん。」
「うん。珱って女の人……知ってる?」
「――え……」
「……ごふっ!!?」
「「なっ!?」」 
「……え?」

彩乃の口から出た「珱」という名に、その場にいたリクオはきょとんとし、ぬらりひょんは飲んでいたお茶を吹き出し、牛鬼と鴉天狗は目をひんむいて驚いた。

「……あれ?僕、彩乃ちゃんにおばあちゃんのこと話したってけ?」
「おばあちゃん?」
「……彩乃、どこでその名を聞いた?」
「え……どこって言うか……その……」
「なんでぃ、言えねぇのかい?」
「いえ……その……(ぬ、ぬらりひょんさんなんか怖い……)夢、で……夢で会ったんです。珱っていう、十二単を着た綺麗な女性に……」
「何?」
「その人が、ニャンコ先生が犬神から受けた傷を治してくれたんです。」
「それは本当か!?」
「は……はい!」
「にわかには信じられんな。」

彩乃の言葉にぬらりひょんは何やら考え込むしぐさをすると、スッと探るように目を細めて鴉天狗を見た。

「カラス。それは本当か?」
「さ……さあ?ワシも珱姫様の事は今初めて聞きましたぞ。ですが……大怪我をおった斑の傷が翌朝にはきれいさっぱり治っていました。……夏目殿、あれは珱姫様の仕業だったのか?」
「はい。その女の人は自分を珱と名乗って、私の体を貸す代わりに、ニャンコ先生の傷を治してくれたんです。」
「……」
「――彩乃の言っているのことは本当だよ。」
「ヒノエ!?」

何処から話を聞いていたのか、奴良組にひょっこりと現れたのはヒノエだった。
その足元にはニャンコ先生もいる。

「二人共、来てたの?」
「ついさっきね。そしたら面白そうな話をしているじゃないか……」
「ヒノエ、お前は何か知っているのか?」
「知ってるも何も、私はその場にいたからね。彩乃が寝ていたと思ったら突然起き出して、斑の傷をあっという間に治しちまったんだ。……あれは彩乃じゃない誰かだったよ。まさか噂に聞く珱姫だとは思わなかったけどね。」
「珱姫が……」

ぬらりひょんは目を閉じると何かを考え込むように黙り込んでしまった。

「あの……話がよくわからないんだけど……」
「……夏目には話しておいた方が良さそうだな。」
「――珱姫はな……ワシの妻……つまり、リクオのばあさんなんじゃ。」
「えっ!じゃああの人は妖……」
「いや……珱姫は人間じゃ。もう300年以上も前に亡くなっとる。」
「え……じゃあどうして……」
「それはわからんが……ヒノエの話が嘘ではないのなら、珱姫が彩乃に自らの意思で会いに来たということじゃろ。」
「……あの人は……珱さん……いえ、珱姫は言ってました。『リクオをよろしく頼みます』って……」
「……そうか。きっと、お前さんを信用して現れたんじゃな……」

ぬらりひょんはどこか懐かしそうに目を細めると、少しだけ嬉しそうに笑った。
だけど、その笑顔はどこか少しだけ寂しそうで、彩乃は切ない気持ちになった。

「あの……」
「ん?」
「いえ……何でもありません。」
「そうか。――もし……また珱姫が彩乃に会いに来たら、『ワシは元気にやっている。今も変わらずお前を愛している』と伝えてくれ。」
「……はい。」

本当は自分の口で伝えたいだろうに……
だけどそれが出来ないから、だから彩乃に言葉を託したのだろう。
そう思うと、胸の奥がぎゅっと苦しくなった。
彩乃は小さく頷くと、その日は奴良組を後にしたのだった。

******

真っ暗な空に真ん丸な大きなお月様が浮かんでいる。
ぬらりひょんはしなだれ桜の枝にもたれ掛かると、その月を見上げた。

「――今日は満月か……」

ぬらりひょんの姿はいつもの老人の姿ではなく、若い頃の姿だった。
リクオにとてもよく似た……いや、リクオがぬらりひょんに似たのだろう。
見る者を魅了させる妖しくも美しい妖の姿で、ぬらりひょんは一人で酒を楽しんでいた。
――今日はなんだか、この姿で一人で酒を飲みたい気分だったのだ。
彩乃から珱姫の話を聞いたせいかもしれない。
なんだかとても……彼女に会いたくなったのだ。

「――何故、ワシの所ではなく彩乃の所に現れたんだ?寂しいじゃねぇか。」

『ふふ、妖様。』

今でも目を閉じれば思い出せる。
珱姫の可愛らしい声。美しい姿。

「――会いてぇなぁ……」

ぬらりひょんの言葉に返事は返ってこない。
だけど……

『ふふ、私もです。』

珱姫がそう、答えてくれた気がした。

「……側にいねぇのに、何だかいつも見守られてる気がする。そこにいるのかい?珱姫……」

やはり返事はない。
だけどぬらりひょんは満足そうだった。

『はい。ここにいますよ。妖様……』

そう答えた彼女の声は誰にも気付かれない。
ぬらりひょんの側には、いつだって珱姫がいるのに……
ぬらりひょんには彼女の姿は見えないのだ。

『きっといつか会えますよ。』

それでも珱姫は笑う。
とても、とても……幸せそうに。

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