第206話「的場誠司」

「取りこぼしがいたのか……」
「あ……」

男はゆっくりと彩乃に手を伸ばす。
異質な雰囲気に思わず後ずさると、倒れていた妖怪が起き上がって彩乃を庇うように前に出た。

「彩乃様!逃げて下さい!!」
「か……カゲロウ!?」

倒れていた妖怪はなんとカゲロウだった。
彼は傷だらけの体で必死に彩乃を守ろうと男を睨みつけた。

「カゲロウ!なんでこんな所に……」
「そんなことよりも早くお逃げ下さい!この男は危険です!」
「おや……よく見たら人間の子供でしたか……」
「え……」

男はゆっくりとこちらに近付いてくる。
すると暗闇でよく見えなかった男の顔が微かな光に当たって見えるようになった。
長い黒髪を一つに結い、右目を眼帯で隠したその男に、彩乃は息を飲んだ。
男は自分を茫然と見つめる彩乃を見て、クスリと口角を吊り上げて笑った。

「――へえ、君は妖が見えるんですね……しかも従えているようだ。」
「……何者なの。」
「これは失礼。的場と申します。」
「……的場?」
「口を聞いてはいけません彩乃様!こいつは祓い屋の的場。妖を祓う為なら妖を餌にしたり、えげつない非道な術にも手を出すような者なのです!」
「妖を……」
「――で、君は誰なんですか?ただの近所の子供というわけではなさそうですね。」
「……(名を名乗るのはまずいか……)」
「少し……話しを聞かせてもらいましょうか。」
ガサリ…… 
「!?」

彩乃が的場を警戒して沈黙していると、的場が動いた。
彼の隣に突然変な妖が現れると、それは彩乃を捕まえようと襲ってきた。

「うわあああっ!」
「どけ彩乃!」
カッ!
「――逃げられましたか。」

彩乃が的場の式に捕まりそうになった瞬間、駆け付けたニャンコ先生が光を放って式を消滅させた。
その一瞬の隙に三人は逃げ出したのだった。

「はあはあ……まだ追いかけてくる。」
ガサガサガサ
「彩乃、もっと気合いを入れて走れ!」
「はあはあ……」
「カゲロウ大丈夫!?」
「え、ええ……」
ガサリ
「っ!?」
ぐいっ、ガサガサ 
「「彩乃(様)!?」」

ニャンコ先生が作ってくれた一瞬の隙に逃げ出した三人だったが、的場の式がしつこく追いかけてきていた。
ボロボロのカゲロウを庇いながら走って逃げるのは困難で、もう少しで追い付かれそうになった瞬間、茂みから手が伸びて彩乃を捕らえるのだった。
その手の主は彩乃をそのまま茂みの中へと引き摺り込む。

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