第214話「的場家当主の右目」

「早く彩乃ちゃんを助けないと!」
「ええ!きっと酷い目に合わされてるに決まってます!早くお助けしないと!!」

そう言ってリクオたちは部屋を飛び出していく。
まだ部屋に残っていたカゲロウは微かに部屋に残っていた匂いに、部屋を出ようとしていた足を止めた。

「……この匂い……どこかで……」
「カゲロウ早く!」
「あ、はい!……まさか、な……」

何処かで嗅いだことのあるような懐かしい匂いに、カゲロウは思い当たるものがあった。
しかしリクオに促され、慌てて部屋を出ていくのだった。

――さない。
ゆるさない。
ゆるさない……
くわれてしまえ。
くわれてしまえ。よくも……
よくも!!

(……夢か……一体……ああ、でも今の声は……)
「目は覚めましたか?」
「……っ!」

夢にうなされて目を覚ました彩乃は、的場の言葉に弾かれたように目を開けた。
思わず身動ぐと、両手首が護符のような紙で縛られていて、思うように腕を動かせなくされていた。

ぎち……
「その紙……普通の人には見えないんですよ。面白いでしょう。」
「……な……」
「ああ、紙については名取家の方が詳しいから訊くといい。君は彼のお友達なんですよね?」
「一体、何のつもりです。こんなことして……」
「乱暴してすみません。何分まだ教育中なもので……けれど、話しを聞きたいと言ったのに逃げるから。捕まえないと……」
「――私の血はもう必要ないんですか?さっき妖を寄越したでしょう。一体何に使うんです。」
「妖の血は、大きな妖の封印を解いたり、呼び出しに使えたりするんですよ。餌みたいなもの、です。」
「……っ」
ザワリ
「――!?」

的場の言葉に不快感を隠せずにいると、彩乃は不意に窓の方から嫌な気配を感じて振り返った。

「……何?外から何か嫌な感じが……森の方?」
「へえ……君にはわかるんですね。」

的場は気配を感じ取った彩乃を面白そうに見つめてくる。
窓を開けて森の方を見ると、彼は淡々と話し始めた。

「――ほら、あそこに森が見えるでしょう。あの奥に中々の大物が眠っているんです。そいつが目的で来た。君のような美味しい血なら、目覚めも早まるかもしれませんね。」
「……自分の血は使いもせず、無関係の妖たちから取るなんて……これ以上この辺の妖や先生や名取さん、私の大切な友人たちに危害を加える気なら許せません。」

的場をまっすぐに見据えて言うと、彼は見えるだけの無力な子供の戯言だと笑った。

「ふふ、見えるだけの君に何ができると?」
「止めてみせます。あなたが傷つけた妖の中には、私の大切な友人だっていたんです。」
「君は妖を友人だと言うんですか?馬鹿馬鹿しい。妖にとって人間なんて食い物でしかないんですよ。そんな化け物なんかと人が友人になんてなれるわけがない。」
「あなたにはわからない!」
「わかってないのは君の方だ。妖は人を餌としか見ていないというのに……この右目のように。」

そう言うと的場は眼帯で覆われた右目を手で触った。

「……右目は……」
「一応見えてはいますよ。これは少し透けているので。ただ、少々片目だと不便なのにはかわりなくてね……」
「見えているなら何故眼帯を……」
「食べられてしまうからです。」
「え……」
「昔、的場の血の者で右目を喰わせてやるからと妖に手伝わせた人がいて、けれど結局与えずじまいだったらしいんです。以来、代々的場当主はその妖に右目を狙われているんですよ。」
「……」

何てことのないように笑顔でそう語る的場に、彩乃は背筋に寒気すら感じた。
的場は眼帯の上から右目を触ると、彩乃に見せるように近づいた。

「まだここに眼球は残っていますが、顔には酷い傷があるんです。折角だ、見てみますか?」
「……」
「的場。」

的場が眼帯を捲って見せようとすると、的場の名を誰かが呼んだ。

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