第215話「夏目、動く」

「ちょっとよろしいですか?」
「今行く。では続きは後で。次は君が話す番です。」
「私は何も話すことはありません。事情はどうあれ、血を得るために妖を襲うのは止めてください。止めないなら止めます。」
「ふふ。」
「――何が可笑しいんですか!?」

クスクスと可笑しそうに笑う的場。
真剣に話している彩乃は腹立たしげに的場を睨み付けた。

「――使えるものは使わないと。人を守るために強い妖が欲しいと思っているだけですよ。その為には恨まれたり代償を払うことを気にしていたら、この稼業はやっていけませんしね。」
「的場さん!」
「すぐ戻ります。騒ぐなら騒げなくしますし、逃げるなら逃げられなくしますよ。大人しく……待っていてください。」
パタン……

そう言って的場は部屋を出ていった。
部屋の中には彩乃と、監視役に的場の式が一体残されただけだった。
――ああ、的場さんに友人帳の存在を知られてはいけない。

(早くここから逃げないと!)
ぐぐっ、がじかじ

彩乃はなんとか手だけでも自由に動かせるようになればと、護符を破れないかと腕の力で引っ張ってみたり、歯で噛み千切ろうとしてみたりした。
すると視界の隅に的場の式が見えて、彩乃は焦る。

(――あいつだけなら、せめて手が自由になれば倒せるかもしれない。)

そんなことを考えていると、ビリッと微かな音がした。
少しだけ亀裂の入った護符に、彩乃はもう少しだと表情が緩む。
ちらりと式の方を見れば、最悪なことにこちらを見ていた。

(――やばいっ!)

彩乃と式が動いたのはほぼ同時だった。

ガシャン!

同時に動いた彩乃と的場の式。
しかし、僅かに彩乃の手が自由になるのが早く、彩乃に襲いかかってきた式を自由になった彩乃は顔面を殴って気絶させた。
その際に彩乃はうっかり壁に置かれていた花瓶を倒してしまい、割ってしまう。

ばんっ!
ザザザザザンッ!

音に気付いて駆け付けた的場だったが、彩乃はすぐに窓に足をかけて飛び降りようとしていた。
飛び降りる一瞬、後ろを確認して振り返った彩乃と的場の視線が絡み合う。
彩乃を捕らえようと手を伸ばす的場から逃げるように、彩乃は躊躇うことなく二階の窓から飛び降りたのだった。

「――また、逃げられてしまいましたか……」
「あ、コイツのびてやがる。」
「……一撃か?すごいな。何者です?あの子は。」
「――さあ……それを訊くところだったんですけどね……」
「どうします?当主。」
「追え。」

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