第217話「カゲロウとヨル」

(しまった!的場さんの式……!?)
「ウロチョロとうるさいガキだ。邪魔しに来たなら可哀想だが供物にしてやる。」
(――あれ、この人……)
「もうゆっくりしていられない。急がないとあいつが来る。」
「……あいつ?」
「あいつが来るんだ!!」

女の妖はブツブツと何かを呟きながら彩乃に先端の尖った木の棒を突き出して攻撃してきた。

「きゃあ!」
「彩乃様!」
ガッ!!

木の棒が彩乃に突き刺さりそうになった寸前に、駆け付けたカゲロウが刀で彩乃を守るように攻撃を受け止めた。

「カゲロウ!」
「下がっていてください彩乃様!主、何をやっておられるのですか!!」
「くっ!……お前は……ヨル!生きていたのか……」
「えっ!?知り合いなの!?」

女の攻撃を刀で弾いたカゲロウは、女を「主」と呼んだ。
そして女の方も、名前こそ違うがカゲロウを「ヨル」と呼び、どうやら二人が知り合いだということがわかる。
女はカゲロウを見て驚いたように目を見開いて固まっている。
まるでここにカゲロウが現れたのが信じられないといった様子で。

「『主』って……もしかしてあなたは……」
「ワタクシの主だった人です。」
「えっ!?」
(人間……だったの!?いや、それよりも……カゲロウの元主人?)
「彩乃!無事かい!?」
「名取さん、ニャンコ先生!」

カゲロウから告げられた事実に驚きを隠せない彩乃。
てっきり的場の式だと思っていた女がカゲロウの元主人だったなんて。
「ヨル」とは恐らく彼女がカゲロウにつけた仮名だろう。
驚いた様子で女を見つめる彩乃だったが、駆け付けた名取とニャンコ先生に気付いて意識がそちらに向く。

「良かった。二人共無事だったんですね!あれ?リクオくんたちは?」
「それはこっちの台詞だよ。彼等ならまだ森の何処かで君を探している筈だ。」
「おい、それよりもあの女……」
「……まさか貴女が動いていたなんて……」
「名取さんも彼女を知っているんですか!?カゲロウの元主人の……」
「ああ、彼女も術師……私と同業者だったんだ。」
「『だった』?」
「……彼女の式が的場の妖に喰われた事があって、以来引退したと聞いている。だが、まさかその式がカゲロウだったとは思わなかったよ。」
「……」

思わず女の方を見ると、彼女はカゲロウだけを視界に入れているようで、真っ直ぐにカゲロウを見つめては瞳を潤ませて嬉しそうに手を伸ばした。

「おお……おお、おお!ヨル……無事だったのね!」
「主……」
「てっきり的場に殺されたのだと思っていた。生きていたなんて……何故、私の元に帰ってきてくれなかったの!?……いいえ、いいわ。お前が生きていてくれただけで……ん?」

女を悲しげに見つめるカゲロウなど気にも留めず、彼女はカゲロウの頬に触れて生きていることを喜んだ。
しかし、その視線がカゲロウの片翼しかない羽に向いた瞬間、女の顔色が変わった。

「……その羽はどうした?誰にやられた!!……お前たちか……」
「違います!これは的場の妖に……」
「的場……やはり的場か!!おのれ……的場よくも私の愛しいヨルを……許さん……許さんぞ!!」

女は狂ったように許さないと叫びながら長い髪を振り乱して言った。

「的場……許さない許さない……やはりあの男殺してくれる!!」
「主、落ち着いてください!」
(……壊れてしまったんだ……)

彩乃はとち狂ったように叫び続ける女と、女を必死に宥めようとするカゲロウを見ながら思ってしまった。
――きっと、彼女はカゲロウを……いや、「ヨル」をとても大切に想っていたのだろう。
それが「親愛」なのか「愛情」なのかはわからない。
しかし、大切な式であるヨルを的場に殺されたと思った彼女の心はきっと、壊れてしまったのだろう。
式を心の拠り所にしていた彼女の心は、その支えを失って少しずつ壊れてしまったのか……

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