第218話「大妖」

「見ろ彩乃!」
「――えっ!?」

名取に言われて後ろを振り返れば、暗闇でわからなかったが、暗がりに目が慣れてきて視界に入ってきたのは、大きな妖怪の体だった。

「――なっ、おっきい!」
「動かない……岩に顔が埋まっているようだな……」
「見ろ彩乃。こいつを中心に既に目覚めの陣が描いてある。」
「……壺?」
「集めた血が入っているんだろう。」
「ふふ、強欲な的場が気に入りそうな妖をわざわざ探し出してやったんだ。派手に血を集めたり、こいつ(大妖)の噂を流したり……ここに誘き寄せてやろうと思ってね。あいつが辿り着いた時、目覚めさせて喰わせてやるのさ。」
「式を……カゲロウを傷つけられた復讐ですか!?」
「……カゲロウ?私のヨルにおかしな名をつけるな!例えヨルが生きていたとわかっても、私は的場への復讐をやめる気はない!私の愛しいヨルの羽を奪い、私からヨルを奪ったあいつを、生かすつもりはない!!」
「主……ワタクシのことはもう良いのです!ですからもう何の関係もない妖を傷つけるのはお止めください!」
「ヨル……ああ、可哀想に。あいつ等に何か吹き込まれたんだね。待っていろ。的場もろともあのガキ共を殺してあげるから!!」
「主!」

カゲロウが何を言っても、女は聞く耳を持とうとしない。
的場への復讐心が強すぎて、何も見えなくなっているようだ。

「――しかしまだ血が足りない。お前たちの血を奪えば、こいつ(大妖)も目覚めるだろう。……貰うぞ。」
カサリ…… 

女が顔のようなものが描かれた紙を床に撒くと、それは影を纏い、人の形のようなモノになった。
影人形は女の命に従って、彩乃たちを襲おうと迫ってくる。

「――ふん。こんな影人形など一掃してくれるわ!!」
どろんっ! 
がぶっ! 
「先生……」
「……まずい。」

先生は本来の姿に戻ると、彩乃に今にも襲い掛かろうとしていた影人形にかぶりついた。
斑に喰われた影人形は、霧のように跡形もなく消えてしまう。

「ふふ、まだまだいるぞ。」
「主、もうやめてください!」
「――ちっ、キリがないわ!」
ヒュヒュ
とっ、とっ、
「――矢?」
(何処から――)

斑が消しても消しても作られる影人形を次々と倒していると、何処からか矢が飛んできて二体の影人形を倒した。
一体誰が矢を放ったのかと視線をさ迷わせれば、キラリとこちらに向かって飛んでくる矢に気づき、彩乃は咄嗟に先生を守ろうと腕を伸ばした。

「先生……っ!」
びっ! 
「うっ!」
とす 
「彩乃!」
「おや、失礼。」

先生を庇って腕を伸ばした彩乃の肩を矢が掠め、その矢は斑の首に刺さった。
それに気付いた名取は心配そうに彩乃の名を叫ぶ。
すると、この緊張感に満ちた張り詰めた空気を壊すようなのんびりとした声が洞窟に響いた。
そこには、弓を持った的場がにこやかに笑みを浮かべて立っていた。

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