第225話「夏祭り」

約束の土曜日。その日の彩乃は塔子に浴衣を着せてもらっていた。
塔子に夏祭りに行くことを話したら、彼女が若い頃に着ていた浴衣があるというので貸してもらえることになったのだ。

「うーん、やっぱりこれだと彩乃ちゃんには地味じゃないかしら……新しく買ってきた方が良かったかしらねぇ。今はとても可愛いデザインの物が多いし。」
「いえ。私はこの浴衣とても素敵だと思います。」

藍色の布地に白い紫陽花の花が描かれた落ち着いたデザインの浴衣は、確かに少し地味だが彩乃によく似合っていた。
塔子が若い頃に母親から買って貰ったものだという思い出の浴衣は、何十年も前の物なのに少しも痛んだ感じはせず、綺麗なものだった。

「でも、本当にいいんですか?塔子さんの大切な浴衣を貸してもらって……」
「いいのよ。私ではもう着れないし、彩乃ちゃんに着てもらえたら、私も母も嬉しいわ。」
「塔子さん……ありがとうございます。」

嘘偽りのない塔子の優しい言葉に、彩乃は胸にじんわりと温かな気持ちが湧き上がってくる。
彩乃を楽しそうに着付けする塔子は本当に嬉しそうで、彩乃は心から感謝の言葉を口にするのだった。

******

「あっ、夏目先輩こっちこっち〜!」
「みんな早いね。まだ待ち合わせ時間まで10分はあるよ。」
「だってチョー楽しみでー!」

待ち合わせ場所の駅に行くと、既に清十字団のメンバーが集まっていた。
彩乃を見つけた巻が元気にこちらに手を振るので、彩乃も軽く振り返した。

「みんな浴衣似合ってるね。ゆらちゃんが来れなかったのは残念だけど……」
「ほんとですよね。最近なんだか忙しそうだし、大丈夫かなゆらちゃん。」
「家長さんは何も聞いてないの?」
「あっ、はい。特には……」
(ゆらちゃんこのところ部活にも顔出さないし、何かあったのかな……ううん、電話では元気そうだったし、気にしすぎだよね?)

何かにつけて心配しすぎるのは自分の悪い癖だ。
彩乃はもしかしたら妖が関わっているのでは?と一瞬浮かんだ考えを振り払うように頭を振った。

「夏目先輩浴衣めちゃくちゃ似合ってるッスね〜!」
「え?あ、ありがとう島くん。」
「だけどちょっと地味ですね。」
「ちょっと清継くん!」
「そうかな?私はとても気に入ってるんだけど……」

相変わらず思ったことをすぐに口に出す清継を鳥居が咎めるように名を呼ぶ。
確かにカナや巻たち女の子が着ている色鮮やかな可愛らしい浴衣に比べたら少し地味かもしれないが、彩乃は塔子が着せてくれた浴衣をとても気に入っていた。
だから清継に地味と言われても、彩乃は気にならなかった。

「清継くんと島くんは浴衣着てないんだね。」
「そりゃ、男子が浴衣なんて着ないッスよ。」
「そうなの?」
「あっ、でもリクオくんは着てきてますよ。」
「っ!?」
「あっ、本当だ。リクオくんは浴衣なんだね。」

カナに言われて初めて気付いたのか、彩乃の視線がリクオに向く。
彩乃と目が合ったリクオは、何故かびくりと肩を大きく跳ね上げ、勢いよく目を逸らされてしまった。

「……リクオくん?」
「あ、い、いや!その……」
「彩乃さん!とっても素敵です!」
「ありがとう。氷麗ちゃんもいつもの白い着物も似合うけど浴衣も可愛いね。」
「彩乃さんは和装の方が似合いますね〜!ね、リクオ様?」
「えっ!?」

突然氷麗に話題を振られ、リクオは狼狽える。
何故か挙動不審にキョロキョロと視線をさ迷わせ、絶対にこちらを見ようとしない。
心なしか顔も赤いし、明らかに様子がおかしかった。

「……リクオくん?どうしたの?」
「やっ!いえっ!何でもないです!!」
「……どうして敬語なの?」
「……な、なんでもないよ。」
「……何でこっち見ないの?」
「……っ!」

じとりとリクオを怪しむように見つめてくる彩乃の視線に、リクオは冷や汗をダラダラと垂れ流しながらそれでも決して目を合わせようとはしないのだった。

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