第232話「昼と夜のリクオ」

「う……気持ち悪い……」
「……大丈夫か?」
「なんか……トランポリンの上から降りられなくなって、長時間跳ね続けて酔った気分……」
「どんな例えだよ……」

リクオに運ばれて木の上を飛び移りながら移動してきた彩乃は、すっかり酔っていた。
木の上で真っ青になって吐きそうになるのを必死に我慢して、口を押さえている彩乃をリクオが先程から背中を擦って介抱している。

「うう……ごめん……もう大丈夫。」
「そうかい。なら、あっち見てみ。」
「うん?……わあっ!」

リクオが指差す方向に目を向けると、そこには絶景が広がっていた。
ドンドンと大きな音を立てて打ち上がる花火がとてもよく見えるのだ。
色とりどりの花火が様々な形を成して空に打ち上がる光景は、それは目を奪われる程綺麗だった。

「……すごい。こんな近くで花火見たの初めて……」
「そりゃあ良かった。」
「もしかしてリクオくんはこれを見せるために私をここに?」
「ああ。もうすぐ花火も終わっちまうから急いだが、特等席が見つかって良かったぜ。」
「……(わざわざ探してくれたんだ……)」

何故リクオが自分にこんなことをしてくれたのか謎だが、優しいリクオのことだ、きっと彩乃の為を思ってやってくれたのだろう。
その気持ちが素直に嬉しかったから、彩乃も感謝の言葉が自然に出た。

「……ありがとう、リクオくん。」
「ん。」
(連れてきて良かったな……)

色とりどりの美しい花火に見とれる彩乃を見て、リクオは満足げに笑みを浮かべた。
突然の思い付きで彩乃をこんな所まで連れてきてしまったが、喜んでいる彼女を見て連れてきて良かったとリクオは思った。

ドンっ!ドドドドンっ!!
「「――あっ」」

連続して大量の花火が打ち上がり、締めに夜空に大輪の花が咲き誇る。

「……花火……終わっちゃったね。」
「みてーだな。」
「――あっ。今更だけどみんなどうしてるかな。……怒ってるかな?」
「さあな。」
「きっとみんな心配してるよね。なのに私だけこんな楽しんじゃった……」
「いや、それは彩乃が悪い訳じゃねーだろ。」
「ううん。みんなに迷惑掛けちゃってることには変わんないよ。早く合流しなきゃ!急ごうリクオくん!!」
「おい、落ち着けって……」

花火が終わり、夢心地から覚めた彩乃はみんなのことを思い出すと、焦ったようにリクオに捲し立てるように戻ろうと言い出した。
彩乃を落ち着けようとするリクオに、彩乃は少し苛立った様子で声を荒げた。

「落ち着いてられないよ!ほんと、すごく今更だった。早くみんなの所に戻らなきゃ!」
「大丈夫だって。ちゃんとカナちゃんたちには連絡してるし……」
「でも……!」
「あいつ等はあいつ等でちゃんと楽しんでるんじゃねーか?」
「……リクオくんって、やっぱり昼と夜では性格がだいぶ変わるよね。」
「なんだよ突然?」

リクオの顔をマジマジと見つめながら呆れたように言う彩乃に、リクオは眉をひそめる。

「何て言うか、昼間のリクオくんなら絶対に人に迷惑を掛けるのを嫌うだろうし、こんな時はすぐに合流しようって言うと思うんだよね。でも今のリクオくんは全然焦ってないし、寧ろ余裕というか……まるで別人みたいだなって……」
「俺は俺。どっちも同じ"リクオ"だぜ?」
「うん、そうだよね。ごめん変なこと言って……まだ昼のリクオくんと夜のリクオくんのギャップの差に慣れてないのかな?自分では慣れたつもりだったんだけど……」
「まっ、それは"昼の俺"も同じみてーだけどな。」

くくっと喉を鳴らして笑うリクオ。
結構失礼なことを言ってしまったのに、楽しげに笑うリクオに、彩乃はきょとりと目を丸くして彼を見つめた。

(……リクオくんて、不思議な子だな……)

そんなことを思いながらじっとリクオを見つめていると、彩乃の視線に気付いたリクオがフッと口角を吊り上げて笑った。

「なんだ彩乃。俺に見惚れたのかい?」
「えっ!?や、ちがっ……!違うよ!!」
(やばっ!思わず見つめすぎた。)

彩乃は指摘されて恥ずかしくなったのか、顔を赤らめて思いっきり首を横に振って否定した。
あまりにも必死に否定する彩乃に、リクオは少しムッとして眉を寄せた。

「……なんだよ。そこまで全力で否定されると流石に傷つくぜ?」
「あ、やっ!ごめんなさい!」
「くくっ、冗談だ。」
「〜〜っ、リクオくんっ!」

可笑しそうに笑うリクオに、からかわれた彩乃は顔を真っ赤にして怒鳴る。
するとリクオは不意に笑うのを止めてまっすぐに彩乃を見た。
そのあまりにも真剣な瞳に、彩乃は怒っていたのも忘れて息を飲む。
するりと彩乃の頬に手を添えてまっすぐに彩乃を見つめる。
お互いの瞳に互いの顔が写る。

「彩乃……俺は……お前が好きだ。」

時が、止まった気がした。

- 250 -
TOP