第233話「告白」

静寂が二人を包む。
お互いに見つめ合ったまま、一言も話さない彩乃とリクオ。
虫の鳴き声と、祭りに来ている人々の話し声が微かに聞こえるだけで、二人の周りはとても静かだった。
彩乃の頬に触れているリクオの手を意識して、顔に熱が集まってくる。
長い沈黙の中、漸く口を開いた彩乃から出たのは、戸惑いを隠せない掠れた声だった。

「……え……」

――好き……?
リクオくん、今私にそう言った?
それって……
いやいや、きっと友達として好きって意味だ。勘違いするな私。
うん。それ以外有り得ないし、きっとそうだ。
私を好きになる男の子なんている筈ないし、絶対に友愛の好きだな、うん……
突然のリクオからの告白に混乱して、ぐるぐると考えを巡らせる彩乃。
悲しいことに、彩乃は生まれてこの方異性から告白と言うものをされたことがなかった。
幼い頃に両親を亡くし、親戚の家をたらい回しにされてきた彩乃は、只でさえ他人というだけで厄介者扱いされてきたのに、妖が見えるせいで周りから気味悪がられていた。
当然学校では苛められた。
女子からは仲間外れにされ、男子からは暴力的な苛めを受けたことさえある。
彩乃は知らないが、中には彩乃に好意を抱いていた男子もいた。
しかし、まだ幼い思春期の男の子というものは好きな女の子に中々素直になれる子は少なく、彩乃の気を引くためにわざと彩乃を苛めていた子もいた。
だからまったくモテなかった訳ではなかったのだが、そんなことなど知らない彩乃が人を信じられなくなるのは自然なことで……
親の愛情を知らず、人の顔色ばかり窺いながら生きてきたから、自分は生きているだけで他人に迷惑を掛けてしまう。
側にいると苛立たせてしまうと幼い頃は本気で考えたりもした。
そんなことだから、毎日生きるのに必死だった。
恋なんて甘酸っぱい青春のようなことをする余裕なんてなかったし、人から好意を向けられたことなんてない。
だから、彩乃はリクオの言葉を素直に告白と受け取ることができなかった。
幼い頃からのトラウマのせいで自己評価が恐ろしく低い彩乃は、自分を好きになる異性なんて現れる訳がないと本気で思ってる。
これが友人であるリクオでなかったら、「好き」という言葉自体を信じられなかっただろう。
リクオの言葉を愛情としては受け取れなくても、友愛の意味として受け入れただけでも彩乃にとっては進歩であった。
そんなこんなで、勘違い中の彩乃は、一瞬でも自分がリクオに告白されたと勘違いした(間違ってない)ことが恥ずかしくて、穴があったら入りたいくらいだった。
しかし折角リクオが自分に好意的な言葉を言ってくれたのだから、自分も返さなくては……
彩乃は焦る心を誤魔化すようににっこりと作り笑いを浮かべると言った。

「ありがとう。私もリクオくん好きだよ。」
「……彩乃。お前意味わかってねーだろ?」
「……意味?わかってるよ。ともだ……「ダチじゃねーよ」……え?」

彩乃の話を遮って聞こえたリクオの言葉に彼女の思考は再び止まる。
やけに真剣な顔で彩乃を見つめてくるリクオの瞳は熱っぽく、彩乃は何故か目を逸らしたくなった。

「ダチじゃねーよ。いくら鈍いつったってわかるだろ?」
「え……あ……えっ?」
「俺はお前を"女"として好きだっつってんだ。」
「う……え……ええっ!!??」

ここまではっきりと想いを伝えられれば、流石に彩乃でもリクオの気持ちに気付く。
リクオが本気で自分を異性として好きだとわかり、今度こそ彩乃は耳まで真っ赤になった。
驚きすぎるあまりここが木の上だということも忘れて勢いよく立ち上がろうとして身動ぎ、そして落ちた。

「――あっ。」
「げっ!」
「わああああっ!!」
ザザザザザ
ドンッ!!

バキバキと木の枝を折りながら地面へと真っ逆さまに落ちていく。

「たた。」
「って〜」
(――あれ?何でリクオくんの声が近くに……?)

自分だけが木から落ち筈なのに、何故か耳元でリクオの声が聞こえる。
しかも落ちたのにあまり痛くない。
寧ろなんだか温かいものに包まれているような…… 

「!!??」
「おい、大丈夫か彩乃?」
「ひゃっ!わああああっ!!!??」
ドンッ!
「いって!」

ぎゅっと閉じていた目を開けると、目の前にはリクオの顔があった。
しかもなんだか自分はリクオに抱き締められている。
どうやら落ちた彩乃を咄嗟にリクオが抱き寄せて、自分が下に落ちることで衝撃を和らげてくれたようだ。
しかしそんなことを理解するよりも、リクオに抱き締められていることに驚いた彩乃は真っ赤な顔でリクオを突き飛ばした。

「あっ!ごめんなさい!」
「いや、いいけどよ……」
「ほんとにほんとにごめんなさい!リクオくん怪我してない!?」
「そんなに心配するなって。今の俺は妖怪だから頑丈だしよ。」
「で、でも……」

顔を青ざめてオロオロと視線をさ迷わせる彩乃。
そんな彩乃を安心させるようにリクオは平然と笑ってみせた。
そんなリクオに彩乃は漸くホッと胸を撫で下ろすのだった。

「……ありがとう。リクオくん。」
「いーてことよ。」
「……」
(思えば、リクオくんにはいつも助けられてるな……)

今回のことだけじゃない。
リクオくんはどんな時だって私の力になってくれてた……
それは、リクオくんが優しいから?
それとも……私を…… 

「……っ!」

そこまで考えて、彩乃は途端にリクオを「男の子」と意識してしまい、ぶわっと一気に顔に熱が集まって顔を赤らめた。
何故か先程から心臓の音が早くなり、ドクドクと脈打ってうるさい。

(ええ……ど、どうしよう。なんてこんなにドキドキするの!?
は、初めて男の子に告白なんてされたから??
こんな時どうしたらいいの?
リクオくんは好きだけど、それは友達としてで……あれ?じゃあ断ればいいの?
いやいや、そんなことしたら気まずくなるし。でもこのまま何も言わないのも失礼だし……
ここははっきりとお断りして……
ああもう、なんで私なの!?リクオくんの周りには氷麗ちゃんとか家長さんとか可愛い女の子がいっぱいいるのに!何で私みたいな美人でもなければなんの魅力もない私なんて……!
もういっそ嘘だとか言ってほしい!
いやでも、真面目なリクオくんのことだから嘘じゃないだろうし、ここは真剣に考えて……)
「あ、あの!り、リクオくん!!」
「――よし、戻るか。」
「……へ?」

勇気を出して返事をしようと俯いていた顔を上げる彩乃だったが、リクオの言葉に拍子抜けして、彩乃はきょとりと目を丸くした。

「……えっ?返事……聞かないの?」
「今はいい。どうせ断るつもりなんだろ?」
「え、あ……うん……」

ずばりその通りだったので、彩乃は気まずそうにリクオから目を逸らすと、リクオはわかりやすい彩乃の反応に苦笑した。

「好きな奴……いるのか?」
「やっ!いないけど……」
「いねーってことは、俺にもまだチャンスはあるってことだよな?」
「で、でも私、付き合うとかそんな……」
「今は気持ちだけ知っててくれりゃあいい。いつか俺を好きになってくれりゃあ嬉しーし、もしも他の誰かを好きになった時はその時考える。まだ誰かを好きになったとかいう理由じゃねーんなら、ゆっくりでいい。俺のことも考えてくれねーか?」
「……」

とても優しい声色でそう言うリクオに、彩乃は黙り込んでしまう。
真剣な眼差しの中に、どこか切なそうな表情が窺えて、リクオが真剣に自分を想ってくれているのがひしひしと伝わってきた。
リクオくんはゆっくりでいいから考えてくれと言ってくれた。
でも、その言葉に甘えて彼を待たせてしまっていいのだろうか?
好きになる保証なんてどこにもないのに、ずっと待たせるなんて、そんな残酷なことをさせてしまっていいのだろうか?
やはり、ここは今断っておくのが彼の為ではないだろうか? 
そんな考えが脳裏が過るのに、どうしてか、彩乃は再びリクオに「ごめんなさい」と言う気にはなれなかった。
あまりにもまっすぐに熱い視線を向けられて、彩乃はいつしか頷いていた。

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