第241話「リクオの悩み」

最近、彩乃ちゃんに会っていない。
あの夏祭りの日から一週間程経つが、彩乃ちゃんとは一度も会っていない。
告白した翌日は学校で擦れ違うこともなく、部活や最近は毎日のように名の返還の為に家に来ていた彼女が来なかったことに、ホッとした。
自分で告白しておいてなんだが、正直気まずかったのだ。
彩乃ちゃんは考えてくれるって言ってくれたけど、実際フラれた様なものだし、それに、僕は告白するまでは彼女の恋愛対象にすら入っていなかった。
それはつまり、今まで全く意識してもらえなかったということで……

(正直、へこむ……)

そんなこんなで彼女から会いに来ることもなければ、僕から会いに行くこともしなかった。
そんな日々が更に3日程過ぎた頃、僕は学校で彩乃ちゃんを見掛けた。 
それは本当に偶然だった。 
僕がいつものように学校の備品を補充する為に職員室に荷物を取りに行こうと廊下を歩いていた時だ。
何気なく窓から外を覗くと、正門に向かって歩いている彩乃ちゃんを見つけた。
夏祭りの日に会った同級生の友人たちに囲まれて楽しそうに笑いながら帰る彩乃ちゃんを見て、僕は違和感を感じた。
彼女が友達に囲まれていることにではない。
彼女の笑顔に……だ。

(……なんだか彩乃ちゃん、元気がない?)

まるで貼り付けた様な笑顔に、リクオは目を細める。
彩乃と知り合ったばかりの頃は見抜くことができなかったその笑顔。
――あれは、彩乃ちゃんが無理して笑おうとする時によく見せる笑顔だ。
彩乃ちゃんは何かを隠そうとする時、無理に笑おうとする時にあんな作り笑いをよく浮かべる。
彩乃ちゃんといることが多くなって、彼女を目で追うようになって、それがわかるようになってきた。

(――何か、あったのかな……)

リクオは気になったが、結局その後も彩乃と会うことはなく、もやもやとした気持ちのまま気付けば一週間も経っていた。
流石に毎日のように来ていた彩乃が二週間以上もパタリと来なくなれば、異変に気付く者も出てくる。

「……最近彩乃さん来ませんね。」
「……そうだね。」
「「……」」

――沈黙が痛い。
氷麗には僕が告白して返事を先伸ばしにしていることを話してある。
そして夏祭りの日から奴良組にも部活にも来なくなった彩乃ちゃん

(……もしかしなくても、避けられてるよな……)

自分も気まずいからと避けてしまっていたのでそれは仕方ないのだが、やはりショックであった。

(……もしかして、彩乃ちゃんが元気なかったのも僕が告白なんてしたせいなんじゃ……?)

そうだとしたら、立ち直れない

******

――彩乃視点――

コンコン
「……」
コンコン
「……ん?」

夜の23時頃、彩乃はそろそろ寝ようと布団の準備をしていた時、不意に窓を軽く叩く音がして手を止めた。

(……また中級たちでも来たのかな?)

最早夜遅くに奴等が来るのが当たり前になりすぎていて、彩乃は二階の窓を叩かれるという普通の人なら怖いと感じることになんの違和感も感じなくなっていた。(習慣て怖い)

「……ん?この気配……」
「先生?」
「よ!彩乃。」
「えっ!?り……リクオくん!!?」

彩乃が念のため、警戒して誰が来たのか確認してから開けようと窓に近付くと、そこには何故かリクオがいた。
変な空飛ぶ妖怪に乗って。

「…………それ、何?」
「ん?蛇ニョロがどうかしたのか?」
「蛇ニョロ……(顔に似合わず可愛い名前……)」
「こんな時間に何しに来た。小僧。」
「よう、斑もいたのか。」
「当たり前だ。私はこいつの用心棒だぞ。」
「……自称がつくけどね。」
「なにおう!?」
「くくっ、仲いいな。」
「「どこが!?」」

信じられないと言いたげな顔でリクオを睨む一人と一匹に、リクオはまたくくっと喉を鳴らして笑った。

「ハモってるじゃねーか。」
「それより小僧、何しに来た。」
「そうだよ。こんな時間にどうしたの?何かあった?」
「寧ろこっちが訊きてーな。」
「……え?」

リクオくんは何を言っているのだろうか?
彩乃はリクオが何を言いたいのかわからずに首を傾げた。
するとそれを見たリクオがあからさまに大きなため息をつく。

「……はあ……」
「……リクオくん?」
「昼の俺があまりにもグダグダ悩みやがるから、イライラしてよ……」
「……はい?」
「たくっ、同じ"俺"なのにどうしてこーも性格が違うんだか。ヘタレすぎて泣けてくるぜ。」
「……リクオくん、何言ってるのかわかんない。」
「ああ、ワリィ。こっちの話だ。」
「……はあ……」

彩乃はまるで話についていけずにポカンと口を開き、間の抜けた返事をした。

「俺の方は何もねーよ。ただ、このところお前が部活にも家にも来なくなったんで気になってな。……で、何かあったのか?」
「えっと……ちょっと忙しくて。特に何もないけど?」
「……本当か?」
「うん。」
(……嘘はついてねーみてーだな。俺の気のせいか?)

じっと彩乃を観察するように見つめるが、彩乃はきょとりと目を丸くしてリクオを見つめ返すだけで、この前見掛けた時のような落ち込んだ様子は見られなかった。
それに、普通に話してくれている。
自分が告白したせいで悩ませていた訳ではないようだ。
その事に少しだけ安心したリクオだった。

「なんだ。この前見掛けた時落ち込んだように見えたから来てみれば……俺の思い過ごしだったみてーだな。」
「え……それで来てくれたの?」
「ああ。」
「……心配してくれたの?」
「惚れた女が落ち込んでりゃそりゃ心配するだろ。」
「……っ」

リクオのストレートな言葉に彩乃は思わず頬を赤く染めた。

(……そうだった。私リクオくんに告白されたんだった。)

両親の家のことですっかり忘れていたが、どうにも夜のリクオくんは自分の気持ちに素直というか、正直すぎてストレートに言葉をぶつけてくるようだ。
恥ずかしい台詞も夜のリクオくんなら様になるからタチが悪い。

「あの……」
「ちょーとまてぃ!!惚れた女とか言ったな!?どういうことだ!!」
「ん?そのまんまの意味だ。俺は彩乃が好きだ。惚れてる。」
「なっ!」
「な……なんだとーー!!」

ニャンコ先生の怒声が、家に響いた瞬間だった。

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