第240話「みんなの優しさ」

ガサガサ
「!」
びくう
「あっ、いた。」
「夏目さん?」
「夏目、大丈夫か!?」
「彩乃ちゃん!」
「……みんな……」

茂みが揺れて彩乃はまた妖怪かと思って一瞬身構えるが、ひょっこりと姿を現したのは田沼たちだった。
そのことにホッと安堵の息をつく彩乃。

「急に消えるからびっくりした。」
「こんな所で何やってんの?」
「それは……」

西村の言葉に彩乃はどう誤魔化したらいいのかわからずに言葉を詰まらせる。
すると何かを察したらしい田沼が口を開く。

「まあ、何でもいいじゃないか。それよりそろそろ帰らないと日が暮れるぞ?」
「あっ、そうだな。」
「……」

田沼が話を逸らしてくれたお陰で、西村たちの興味は違う話題になった。
そのことにホッとする彩乃だったが、どうにも申し訳ない。
しょんぼりと俯く彩乃を田沼と多軌が心配そうに見つめていたことにすら、彩乃は気付いていない。

「……ねえ、先生。」
「ん?何だ多軌。」 
「彩乃ちゃん、また妖がらみで何かあったの?」

ヒソヒソと彩乃に聞こえないようにこっそりと先生に耳打ちする多軌。
それにニャンコ先生はちらりと彩乃を一瞥すると、答えた。

「――いや、両親のことで悩んでいるらしい。」
「――え?」

ニャンコ先生の言葉に多軌は目を大きく見開いた。

「……それって、彩乃ちゃんのご両親の実家が売却されるって話と関係ある?」
「なんだ、知ってたのか?」
「ええ、悪いとは思ったのだけど、塔子さんと話してるのを聞いてしまったの。……みんな気にかけてて……」
「だが彩乃はどうする気もないらしいぞ?」
「え、でも……」
「本当は気になっているのがバレバレだが、あいつは今回のことで何か行動する気はないらしい。」
「……本当に?」
「さあな。」

ニャンコ先生はどうでもよさげに欠伸をかくと、後ろ足で首の裏をカリカリと掻き始めた。
多軌は彩乃を心配そうに見つめ、軈て決意した目で彩乃に駆け寄った。

「彩乃ちゃん!」
「透ちゃん。」
「行くべきよ!」
「――え?」
「……多軌?」
「「……多軌さん?」」

突然大声でそんなことを言い出す多軌を、彩乃を含め、田沼たちも不思議そうに見つめた。

「ご両親の実家、最後に見に行くべきだと思うわ!」
「!、えっ……何で透ちゃんがそのこと……」
「悪い夏目、俺たち聞いちゃったんだ。塔子さんとの会話……」
「え!?」

多軌の言葉で漸く何のことか理解した田沼たちが、申し訳なさそうに彩乃に謝罪する。
田沼たちが知っていたことに驚きを隠せない彩乃だったが、すぐに落ち着きを取り戻して苦笑した。

「……そっか。」
「彩乃ちゃん、本当に最後に両親の家を見に行かないの?」
「……」

多軌の言葉に一瞬だけ彩乃が顔色を変えたのを、田沼は見逃さなかった。
だがそんなことを知らない彩乃は、できるだけ動揺を悟られないように精一杯作り笑いを浮かべた。

「いいんだよ。あの家のことは殆ど何も憶えてないの。だから見に行ってもしょうがな……「夏目」……田沼くん?」

彩乃が笑って誤魔化そうとすると、田沼が彼女の言葉を遮るように名を呼んだ。
少し怒ったような声色に、彩乃は戸惑ったように田沼を見る。

「夏目、嘘はつくな。」
「え……」
「そんなこと言われても、今の顔見れば嘘つかれてるってのくらいはわかるんだ!」
「あ……」 
「――しっかりしろ夏目。つかなくていい嘘はつくな。」
「……」

田沼の言葉に、彩乃の目から自然と一滴の涙が零れ落ちた。

「……ごめん……」

口から出たのは、大切な友人たちに嘘をついてしまったことへの謝罪。
そして……

「――ありがとう」

精一杯の、感謝の言葉だった。

………………
…………

――藤原家――

「ただいまー!」
「おかえり彩乃ちゃん。」
「おかえり彩乃。」
「ただいま、塔子さん、滋さん。」

家に帰ってきた彩乃を、笑顔で迎え入れる藤原夫妻。

『――しっかりしろ夏目。つかなくていい嘘はつくな。』

――ならば

ドキン
ドキン

彩乃は先程から緊張してやけに煩い心臓の音を落ち着かせるように拳をぐっと握り締めた。

「――滋さん、塔子さん……」
「あら、なあに?」
「……無くなる前に、もう一度だけ……父さん達の家を見たいんです。行ってきてもいいですか?」
「「……」」

二人が驚いた顔をしたのは一瞬で、塔子は彩乃の言葉にとても嬉しそうに微笑んだ。

「――ええ、勿論。」
「行ってこい彩乃。」
「――はい!」

- 259 -
TOP