第246話「三世子」

その日、三世子の気分は最低なものだった。
朝から寝癖がひどく、只でさえくせっ毛の髪がきれいに纏まらないし、なにより、今日は久しぶりに家に嫌な奴がやってくるのだ。
自分の従姉妹にあたる少女なのだが、その子がとても嫌な奴だったのだ。
幼い頃に両親を亡くして少しの間家で預かっていた頃、その子は嘘つきでよくお化けが見えるだとか嘘をついてみんなの注目を浴び、よく苛められていた。
同じ家で暮らしていた私まで男子から苛められ、とても迷惑していた。
授業中に突然叫び出すし、何もない所でブツブツと何かを呟いて気味が悪かったし、折角私の両親が同情して優しくしてあげているのに毎日お母さんの料理を残すし、突然叫んだかと思えば家を飛び出して遅くまで帰ってこず、近所にまで迷惑をかけて、あの子のせいで両親が、私が、どんなに辛い想いをしてきたかあの子は知りもしないのだろう。
亡くなった両親の家が見たいとかで久しぶりにこっちに来るらしいのだが、できれば二度と会いたくなどなかった。

「……はあ、もうほんと最悪……」

三世子はうんざりした様子で深くため息をつくと、つまらなそうにスマホを弄り出したのだった。

******

「――あっ、見えた。あの家だよ。鍵もらってくるだけだから、先生とリクオくんは外で待っててくれる?」
「何!?」
「うん、わかった。」
「……先生。帰りにお饅頭買ってあげるから、もしも私の悲鳴が聞こえたら助けに来てね。」
「――む?何だ何だ?何かあるのか?」

不安そうにニャンコ先生に意味ありげな言葉を伝える彩乃に、リクオは心配そうに彩乃を見つめた。

「ハッ!ここの連中を喰っていいということか?」
「違う。この家……確か中に変な妖が住み着いてたの。もしもまだいたら……」
「なんだそんなことか」
「妖怪がいるならやっぱり僕も一緒に……」
「ううん。襲われたりとかしたことないし、リクオくんと一緒だと説明とか大変だから、ここで待っててくれる?」
「でも……」
「お願い」
「……わかったよ。」

強く彩乃に頼み込まれてしまっては、リクオは待つしかなかった。
渋々といった様子でため息混じりに承諾してくれたリクオに「ごめん」と小さく返すと、彩乃は敷地の中へと入っていった。
ピンポーン♪
インターホンを押すと、扉を開けて中から中年くらいの男性が現れた。
彼はぎこちない笑顔を浮かべると、彩乃に声を掛けた。

「――やあ彩乃ちゃん。久しぶり、大きくなったね……」
「――お久しぶりです。あの……鍵はこちらにあると……」
「ああ、家が一番近いから預かってるんだ。……ええと……まあ上がりなさい。」
「――いえ、鍵を貰いに来ただけなのでお構い無く。」
「遠慮しないで」
「――げっ!ほんとに来たんだ。」

上がっていけと言う叔父に彩乃はやんわりと断ろうとすると、とても不快そうな低い少女の声が耳に届いた。

「ああ、三世子。すまないがお茶を入れてくれ。」
「え〜!ちょっとお父さん。こんな奴家に入れないでよ。」
「コラ、そんなこと言うんじゃない。嫌なら母さんに頼んできてくれ。それくらいならいいだろう?」
「……はーい。」

三世子は不満げに気のない返事をすると、彩乃を一睨みして奥へと消えていった。

「……すまないね。」
「いえ」
「普段はあんな冷たい子じゃないんだ。まあ、原因はわかってるんだが……まあ上がりなさい。」
「……はい、すみません……」

彩乃は気乗りしなかったが、叔父の折角の厚意を無下にもできず、家に上がることになった。
その顔色はどこか青ざめており、まるで何かに怯えているようだった。

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