第17話「孫、再会する」

その日は日曜日で、彩乃とニャンコ先生はまったりと休日最後の夜を過ごしていた。
そんな何気ない筈の夜に、急に異変に気づいたのはニャンコ先生だった。

「……む、なんだこの大量の妖気は!?」
「どうしたの?ニャンコ先生。」

寛いでいたところを急に毛を逆立てて体を震わせる先生を、彩乃は不思議そうに見つめた。

「この方角は……浮世絵町か。」
「?」
「どうやら浮世絵町で妖たちが群れをなして何かしているようだな。」
「ええっ!?それってどういうこと!?」
「……おそらく、人間を襲っているのだろうな。」
「なっ!?」

驚愕に目を見開く彩乃。
その時、彩乃のポケットに入れておいたゆらの御守りがピシリと音を立てて割れた。

「……っ!?ゆらちゃんから貰った御守りが!」
「む?その嫌な気の纏う札は、この間の陰陽師の娘から貰ったのか?」
「……ゆらちゃんに何かあったの?」

この御守りはゆらの霊力を込めて作られたと、ゆら本人から聞かされていた。
もし、この御守りにヒビが入ったのが、彼女の身に何かあったからなのだとしたら……
そんな嫌な予感がして仕方がない彩乃は、不安げに御守りを握り締めた。

「お願い、ニャンコ先生!浮世絵町に連れていって!!」
「嫌に決まってるだろうが!」
「……明日のおやつはどら焼だって、塔子さん言ってたなぁ〜。連れて行ってくれたら、ニャンコ先生にもあげようかなぁ〜。」
「よぉし!今すぐ行くぞ!!」
「……よし!」

簡単に丸め込まれたニャンコ先生に呆れながらも、彩乃は小さく拳を握り締めるのだった。

*****

ーー浮世絵町、一番街ーー

「……何、これ……」

ニャンコ先生の背に乗り、目的の場所にやって来た彩乃はその光景を見て絶句した。
沢山の妖怪たちが、街の中で妖怪同士で戦っていたのだ。
いや、正確に言ってしまえば、それは殺し合いだった。
大きな鼠の姿をした妖怪たちを、様々な姿をした妖怪たちが殺している。
そんな悍ましい光景を見て、彩乃は目を逸らしたくなった。

「……これって、どういうことなの!?何で妖同士で戦ってるのよ!?ニャンコ先生!」
「私が知るか!だか、あそこで戦っているのは旧鼠という鼠の妖怪だ。そして奴等と対峙しているのは、奴良組の連中だな。」
「あっ……!」

その時、彩乃は道の隅で見知らぬ女の子と妖怪たちの戦いを傍観しているゆらを見つけた。

「ゆらちゃん!」
「彩乃先輩!?」

ここにいる筈のない彩乃の姿を見つけて、ゆらは目を見開いて驚いた。
彩乃は地上に降り立った先生の背中から飛び降りると、すぐにゆらに駆け寄った。

「何で先輩がここに!?」
「それは御守りが……って、ゆらちゃんその格好どうしたの!?誰にやられたの!?」
「えっ?あっ!これは……」

彩乃が驚くのも無理はない。
ゆらは制服の胸元が大きく破れており、それは明らかに誰かに力業でやられたのは一目瞭然だった。
羽織で胸元を隠してはいるが、彩乃はふつふつと怒りが湧いてきた。

「……嫁入り前の女の子に何て事を!!」
「あ、あの、先輩?」

ふるふると怒りで体を震わせる彩乃に、ゆらは顔を引きつらせながら声をかける。

「ぎゃあぁぁあ!!!」
「「!!?」」

その時、突然背後から聞こえた断末魔に彩乃とゆら、そしてカナの三人は驚いて振り返った。
見ると、一際大きな鼠が炎に包まれて燃えていた。
その鼠の側には、鋭い目付きと棚引く白髪の長髪の容姿を持つ青年が立っていた。

「その波紋、鳴りやむまで全てを……燃やし続けるぞ。」
「ぁあぁぁあーーっっ!!」
「夜明けと共に塵となれ。」

劈くような悲鳴を上げて、旧鼠は灰も残らずに燃え尽きた。

「……あいつ、ぬらりひょんに似ているな。」
「え?」
「ーーお前!?」

呆然とその様子を見ていた彩乃の隣で、先生がぽつりと何かを呟いた。
彩乃が聞き返そうと口を開こうとした瞬間、突然青年がこちらを見て驚いたように声を上げた。

「……その獣の妖怪……その茶髪……お前、ナツか!?」
「……へ?」

見知らぬ妖怪の青年にそう尋ねられ、彩乃はきょとりと目を丸くする。

(え〜と、この人誰?って言うより、どうして『ナツ』なんて名前知ってるの?だって、あれは……)

彩乃は完全に混乱していた。
何故なら、『ナツ』という名を彩乃は一つしか心当たりがない。
数週間前に旧校舎で出会った妖怪の男の子が、自分の夏目の名を『ナツ』と間違えて呼んでいた。
しかし、目の前にいる青年はあの時の少年ではない。
なのに何故、その名を知っているのか……

「あの妙な面はしてねぇし、羽織も着てないが……お前、ナツだろ?……人間だったのか?」
「……もしかして、その姿が本来の姿ですか?」
「は?」

リクオは確信を持って彩乃をナツだと言う。
そして、彩乃は今目の前にいる青年があの時のメガネの少年だとわからずにいた為、何故自分を知っているのかわからなかった。
しかし、妖怪は人間に化ける事が出来る事を思い出した彩乃は、もしかしたら、今目の前にいる青年があの時のメガネの少年の本来の姿なのではないかと気づく。

「……ああ。そういや、この姿で会うのは初めてだったな。」
「やっぱり、あの時の……」
「ああそうだ。お前は……「レイコ!?」」
「……おい、首無。話を遮るなよ。」
「す、すみません。若!ですが……」

リクオの言葉から、あの少年と目の前の青年は同一人物だと確信した彩乃。
リクオは彩乃に何者なのかを尋ねようとしたが、その言葉を遮って、首無が叫んだ。
主の言葉を遮ってしまった首無は慌てて謝るが、その視線は彩乃から逸らさない。

「いや、そんな……まさか……お前、レイコなのか?」
「っ!」
「……レイコ?」

首無の口がら出た名に、彩乃はすぐさま反応する。
一方リクオは、どこかで聞いたことのあるような名を思い出そうと頭を捻っていた。

「レイコ?」
「レイコだ!」
「生きていたのか?」

リクオや首無のせいですっかり妖怪たちから視線を集めてしまった彩乃は、居心地の悪さを感じていた。

(……もう、隠し通せないかな……)

今の彩乃は『ナツ』の格好をしていない。
完全に顔を沢山の妖怪たちに見られてしまっていた。
もう誤魔化すのは無理だろうなと諦めた彩乃は、ゆっくりとその名を口にする。

「ーー私は、レイコさんではありません。夏目レイコの孫……夏目彩乃です。」

まっすぐに妖怪たちから視線を逸らすことなく、彩乃ははっきりとそう告げるのだった。

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