第16話「花開院ゆら」

「ごめんね、運ぶの手伝ってもらっちゃって……」
「いえ。……二年生やったんですね。」

あれから彩乃はゆらに教材を教室まで運ぶのを手伝ってもらい、今は渡り廊下の隅で話していた。
ゆらは自分と色違いの上履きを見て、彩乃が上級生だと知った。

「あ、うん。この前は自己紹介できなかったけど、私は夏目彩乃です。」
「ご丁寧にどうも。改めまして、花開院ゆらです。」

ぺこりと丁寧に頭を下げて挨拶するゆらに、彩乃は好感を覚えた。

「その……この前はお兄ちゃ……兄が失礼しました。」
「あっ」

ゆらの言葉に彩乃はあの会合で威圧的な視線を向けてきた少年を思い出した。

「ううん、ちょっと怖かったけど、陰陽師としてのお仕事だもんね?」
「せやけど、祓い屋の先輩の邪魔してしまいましたから……」
「え?ああ、違う違う!」
「?」

ゆらが自分を名取のような祓い屋と勘違いしていると気づいた彩乃は慌てて説明した。

「私は物心ついた頃から妖が視えていて、名取さんとは去年、妖怪退治に私の住んでる町に来ていたところに偶然出会ってね。それでお互い妖が視えるってことで、色々と力になってもらってるの。あの日会合に誘ってくれたのも名取さんなんだ。」
「せやったら、先輩はほんまに祓い屋とはちゃうんですか?せやけど、あの妙にちんちくりんな猫の式連れてましたよね?それに、ちゃんと妖怪を封印してはりましたし……」
「ちんちくりん?ああ、ニャンコ先生のこと?」
「先生?……変な名前つけてはりますね。」
「あはは。」

正直なゆらの言葉に彩乃は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

「まあ、名前はともかくとして、祓い屋の封印術なら、護身用に名取さんから少し教わって知ってるの。」
「せやったら、先輩は祓い屋見習いみたいなもんなんですね?それなら妖怪を連れているのにも納得です。」
「えっ?」

何やらまたもや勘違いをして、勝手に納得している様子のゆらに、彩乃はどう説明するべきかと悩む。
友人帳の事を話す訳にはいかないし、ニャンコ先生はただの用心棒だと言って納得してもらえるだろうか?

(うーん……ま、いっか……)

色々と面倒だったので、都合のいいように勘違いしているのなら、そのままでもいいかと思う彩乃だった。

「私は、妖怪の総大将、ぬらりひょんを倒すためにこの浮世絵町にやって来たんです。」
「ええっ!?ぬらりひょんって、かなり大物の妖じゃなかったっけ?」
「そうです。文献には一見、小物のように描かれていますが、ぬらりひょんは日本全国の妖怪を束ねる妖怪のトップとも言える妖怪です。私はそのぬらりひょんを討ち、一人前の陰陽師になる為に修行してはるんです!」
「花開院さんはすごいね。もう自分のやりたいことを見つけてるなんて……」
「えっ?いえ、そんな……」

馬鹿にすることなく澄んだ目で素直にゆらを誉める彩乃に、ゆらは照れる。

「あ、あの……夏目先輩のこと、彩乃先輩って呼んでもええですか?」
「 もちろんいいよ!私もゆらちゃんって呼んでもいいかな?」

にっこりとゆらに笑いかけると、ゆらはほんのりと頬を赤く染め、嬉しそうに微笑んだ。

「もちろんです!あの、これ、お近づきの印にどうぞ!」
「……これは?」

ゆらから手渡されたそれは、白い小さな御守りだった。

「御守りです。私の霊力を込めてありますから、それがあれば下級の妖怪は先輩に近づけなくなりますよ!」
「……こんなの作れるんだ、すごいね。ありがとう!」
「いたいた、花開院さん!」
「あっ、奴良くん!」

ゆらに声をかけてきたのは、同じ一年生の男の子だった。

「……あっ!」
「?」

その少年を見た瞬間、彩乃は思わず声を出してしまった。
それにより、少年、リクオと目が合ってしまう。

「え、えっと……(この子って、旧校舎で会った妖怪の子だよね?)」
「……あの……どこかで会いましたか?」
「えっ!?」
「なんや?奴良くんナンパしとるん?」
「ええっ!?違うよ!!」

当然リクオにそう尋ねられ、思わず声が裏返ってしまった彩乃だったが、ゆらがすかさずツッコんでくれたので、リクオは顔を真っ赤にして慌てた。
話を逸らすことが出来た彩乃は、二人に気付かれないようにほっと胸を撫で下ろしたのだった。

「そんなことより、花開院さん。もうすぐ授業始まるよ!」
「ああ、もしかしてそれでわざわざ迎えに来てくれたん?ありがとぉ。」
「ほら、早く行こう!……それじゃあ!」
「あっ!彩乃先輩、また……」
「うん、またね!」

リクオは彩乃に一礼すると一年生の教室に戻って行った。
それに続くようにゆらも後を追おうとするが、名残惜しそうに彩乃に声をかけると、彩乃は笑顔で手を振ったので、嬉しそうにゆらも手を振りながら自分の教室に戻って行った。
まさか、その次の日の夜に、ゆらの身に危険が迫ることになるなどと、この時の彩乃は夢にも思わなかった。

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