第259話「アサギ」(アサギ編)

朝を知らせるように小鳥が可愛らしくさえずる。
丁度朝日が昇り始めた頃に、ニャンコ先生が帰ってきた。

「たっだいま〜!」
「……ん。ニャンコ先生……帰ってきたんだ……おはよう。」
「おう!昨日はめちゃくちゃ飲んできたぞ〜!……ん?」

ニャンコ先生の元気な声に目を覚ました彩乃は、もぞもぞと布団から起き上がる。
ふあっと女の子にあるまじき大きなアクビをすると、何故かニャンコ先生がこちらを見て固まっていた。

「彩乃……お前、髪が青くなってるぞ?」
「ん?」

ニャンコ先生の言葉にきょとりと目を丸くすると、机の上に置いてあった鏡を持ってきた先生が彩乃に見えるように彼女の顔を映して鏡を傾けた。
するとそこには、空よりも濃い、澄んだ美しい青色に染まった自分の髪があった。

「な……何これーー!?」
(髪が青く光ってる。目の色もなんか青い気が……)
「……あれ?戻った?」

髪が青く見えたのはほんの一瞬で、それはすぐに元の銀髪に戻っていた。

(……気のせいだった?)

何故自分の髪が青く見えたのか、その時の彩乃は、きっと見間違いだったのだろうと深く気にしなかった。 

******

――学校――

「おはよう!夏目さん!」
「おはよう。夏目。」
「――ええ、おはようございます。」
「「――え。」」
「……え?」

登校中、校門の前で西村と北本に会った彩乃。
元気よく挨拶してくる西村と、いつも落ち着いている北本。
そんな彼等に彩乃はいつものように挨拶をしようとして、振り返った。
――だが、口から出たのはとても丁寧な言葉遣いの挨拶で、しかも普段の彩乃がしないような、とても穏やかで女性らしい柔らかな微笑みを浮かべたのだ。
急におしとやかになった彩乃に、普段の夏目を知る西村と北本は一瞬固まり、戸惑った様子で彼女を見つめる。
それに彩乃はハッと我に返ると、慌て出す。

「――えっ、あっ……えっと……?お、おはよう!」
「あ……ああ、おはよう。」
「おはよう?」
(((……何だったなんだ?あれ……?)))

何だか気まずい空気が流れる中、3人の心の中がシンクロした瞬間であった。

******

「――彩乃ちゃん、辞書ありがとう。」
「夏目、ノート返すよ。助かった。」
「うふふ、お力になれたのなら嬉しいです。」
「「――え?」」
「……はっ!」
(……"また"だ。)

――これは……明らかに何かに取り憑かれている。
自分とは違う「何か」に体を時々乗っ取られているようだった。

(……思い当たるとしたら……一つしかない。)

……………
………

授業中、彩乃はうんざりとした顔で、誰にも聞かれないように小さな声で呟いた。

「…………お前……何かしたでしょ。」

すると、彩乃の机の上に誰かが降り立つ。
机の端の方に片足だけで器用に立つその男は、昨日彩乃に絡んできた蛇の目傘の妖怪だった。

「――悪いと思ったが、寝ている間に『アサギ』をお前の中に入れさせてもらったぞ。」
「!?」
「その様子ならうまいこと同化できてるみたいだな。まあ、暫く協力願おう。」
「なっ!」
(何だってーー!?)

授業が終わってすぐ、彩乃は誰もいない屋上へとやって来た。
深い……それは深いため息をついて、彩乃は一人頭を抱えるのだった。

「――アサギを入れたって……」
(今朝のあの青い髪や目は、憑依の現れだったのね……)
『…………ません。』

彩乃が一人で悩んでいると、頭の中で自分以外の女性の声が響いた。

『申し訳ありません。あの者が勝手を致しました。やめるよう言ったのですが、制止するすべもなく……本当に申し訳ありません。』
「……っ」
(頭の中で声が聞こえる……やっぱり何かが入り込んでる……)
「あなたが……アサギ?」
『はい……』
『……申し訳ございません。申し訳ございません。』
「……」

しくしくと頭の中で泣きながら謝り続けるアサギに、彩乃はなんだか彼女が可哀想になって、深くため息をついた。

「……はあ……もう謝らなくていいよ。アサギが悪い訳じゃないんだから。」
『……申し訳……ありません……』
「…………」
(あの包帯ぐるぐる傘バケ野郎め……)

いくらアサギの為とはいえ、彼女の意志を無視して勝手に人の身体に取り憑かせるなんて……
あまりにも身勝手な蛇の目傘の妖怪に、彩乃は段々腹が立ってきた。
今度会ったら一発殴ってやる。

「……アサギは……体から出ていく方法を知ってる?」
『それが…………いえ……』

何かを言いかけたアサギだったが、言うのを躊躇うように口を噤む。
すると何処から入ってきたのか、ひょっこりとニャンコ先生が現れた。

「アサギの希望を叶えるしかないな。気持ちが消化されれば体から剥がれていくだろう。」
「ニャンコ先生!」
「まったくお前はいつも厄介なことに首を突っ込みおって……」
「私のせいじゃないでしょ!」
「揉めたってしょうがないだろ。さっさと済ませれば早く終わるぞ。人の子よ。」
「あんたが言うな!!」
「あのガキ……喰っていいか?」
「それはダメ!」

ニャンコ先生同様に何処からともなく現れた蛇の目傘の妖怪。
ものすごく勝手なことを言う妖怪に、彩乃も先生も大変ご立腹である。

「だいたい、貴方……えっと……名前は?」
「ふん!人間ごときに名乗る名はない!」
「…………(コイツ……)」

彩乃は無意識に拳を構えそうになるが、ここは我慢である。

「じゃあ……蛇の目傘の妖怪だから『蛇の目さん』で!」
「何だそれは。変な名をつけるな!」
「嫌なら包帯ぐるぐる巻きの『グルマキさん』で!」
「もっと酷くなったぞ!どんな感性を持ってるんだ!」
「ふふふ、良いではないですか。『蛇の目さん』可愛らしいと思いますよ。」
「何でアサギ(お前)まで……」
「ふふ、いいでしょう?楽しいじゃないですか。」
「アサギ……」

クスクスと口元に手を当てて、優雅に可笑しそうに笑うアサギ(しかし見た目は彩乃)。
そんな楽しそうな彼女を蛇の目さんがとても嬉しそうに、そしてどこか愛おしい者を見るような優しげな眼差しで見つめた。
彩乃の体を借りたアサギもまた、とても優しい眼差しで蛇の目さんを見つめ返す。
暫しアサギ(見た目は彩乃の体)と蛇の目さんが見つめ合っていると……

「……キモ!」
「……はっ!」
「最高に気持ち悪いぞ彩乃!!」
「…………(また……身体を乗っ取られた……)」

彩乃が軽くショックを受けていると、無意識だったのだろう。
アサギがとても申し訳なさそうに謝る。

『も……申し訳ありません。夏目様。ついうっかり……申し訳ありません。』
「………………わかった。わかったよ。私は何を協力すればいいの?」
(もう、協力してさっさと出ていってもらおう。じゃないと私の精神がヤバイから……)

彩乃が諦めて協力することにすると、蛇の目さんはニヤリと笑って言った。

「やっと諦めて協力する気になったか……」
「……このままじゃ困るからだよ。」
「何でもいいさ。……よし、まずは楽器作りだな!」
「えっ!そっからなの!?」

まさか楽器作りから入るとは思わなかった彩乃は、長くなりそうな予感に顔を青ざめるのであった。

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