第261話「奴良組の噂」

本日は晴天。今日もまた彩乃は池で鯉の捕獲に挑んでいた。

「あっ、そっち行ったぞ夏目!」
「えっ!ちょっ、こんにゃろーっ!」
バシャン、ザブザブ
「えい!」
「くそ!」
「とお!」
「……阿呆だ。」

虫取り網を使って一生懸命鯉を捕獲しようと追いかける彩乃と蛇の目さん。
たった一匹の鯉相手に、人間と妖怪の二人がかりでてんやわんやの彩乃たちを、ニャンコ先生が呆れた眼差しで見つめていたのだった。

パシャ 
「ぶっ!」
「ふふ」

鯉の捕獲を始めて数時間が経った頃、不意に彩乃が蛇の目さん目掛けて少量の水を手で掬ってかけた。
顔に水をかけられた蛇の目さんは、呆然としてこちらを振り返る。
そんな蛇の目さんを見て、彩乃はニコニコと楽しそうに柔らかな笑顔を浮かべて微笑んだ。

「……アサギか……って、遊んでる場合かぁぁぁぁ!!」
「きゃーー!!」
「……どこぞのバカップルか。」

怒った蛇の目さんが逃げるアサギを追いかける。(ただし体は彩乃)
そんなまるでいちゃつく恋人のような光景に、それを眺めていたニャンコ先生が心底呆れた声でツッコミを入れたのだった。

「待てぇ!アサギ!」
「うふふ、あはは」
「…………何をやってるんだ?彩乃……」
「…………え?」

不意に第三者から名を呼ばれ、彩乃はハッと我に返る。
そして弾かれたように声の主の方へ振り返れば、そこには唖然とした表情でこちらを見ている首無と黒羽丸がいた。
あのこっ恥ずかしい追いかけっこを二人に見られていたと理解した彩乃は、瞬時に顔を真っ赤に染めて、まるで魚のようにパクパクと口を開閉しては言葉にならない言葉を発していた。

「ぅぁ……ぁ……」
「……えっと……」
「……」

首無は見てはいけないものを見てしまったと瞬時に理解し、そっと彩乃から目を逸らすし、黒羽丸は未だに唖然とした表情で彩乃をガン見している。
三人の間にはなんとも言えない気まずい空気が流れたのだった。

「えっと……ごめん。邪魔したみたいだね……」
「(……ハッ!)ちょ……ちょちょ、まっ……待って待って!違うからー!!」
「え?」
「これには深い!ふか〜〜い事情が!!」
「誰だこいつ等は」
「蛇の目さんは今はちょっと黙ってようか!?」
「「??」」 

気まずそうに目を逸らして立ち去ろうとする首無たちを必死に引き止めて、彩乃は事情を説明しようと大慌てで池から出てきた。
何やら訳ありの様子を察して、首無たちは不思議そうにきょとりと目を丸くしたのであった。

*******

「――成る程。大変だったな夏目。」
「……ええ、そりゃあもう。」

あれから彩乃は首無たちに自分の置かれている状況を事細かに説明した。
すると黒羽丸から酷く同情した眼差しで見られ、彩乃は心の底から頷いた。

「そういう首無たちはどうして此処に?」
「俺たちはカラスから最近、ここら一体の池を荒らし回ってる人間と妖怪がいるって報告を受けて、様子を見に来たんだ。」
「それは……ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。」
「あはは、まさか現場に行ったら彩乃が妖怪と楽しそうに水遊びをしていて、どうしたもんかと焦ったよ……」
「断じて楽しくなかったし、遊んではいないよ。」
「ははは、わかったわかった。」
「本当に解ってくれた?」
「……しかし、あれを見た時は夏目がどこぞの妖怪と恋仲にでもなかったのかと思って焦ったぞ。」
「おい、やめろ。こんな小娘と恋仲なんぞ考えたくもない。」
「蛇の目さんに言われたくない……そもそも、どうして黒羽丸が焦るの?」

彩乃の問い掛けに、黒羽丸と首無の表情が明らかに引きつったものになる。
そんな二人の反応にますます彩乃は訳が分からないと首を傾げる。

「何でも何も……お前はリクオ様から想いを伝えられたのだろう?」
「――え。……ああ、うん……って、何で黒羽丸たちが知って……」
「リクオ様から相談を受けた雪女から聞いた。
奴良組の本家の妖怪なら皆知っている。」
「……知りたくなったなぁ……」

黒羽丸から聞かされた事実に、彩乃は遠い目をした。

(――今後、奴良組に行くのが嫌になるなぁ……)

だって、絶対にこの話をネタに遊ばれるのが目に見えているからだ。
頭を押さえて項垂れる彩乃に、黒羽丸は更に問い開ける。

「返事はまだしていないのだろう?」
「いや……だって、断ろうとしたらリクオくんがまだ返事はしないでくれって……」
「そうか。ではまだフラれた訳じゃないんだね。良かった。」
「……何で首無が嬉しそうなの?」
「そりゃあ、リクオ様の初恋を応援しているからに決まってるだろう。なんせ、リクオ様が5歳の頃からの片想いだし。」
「……へ?」
「聞いてないのか?リクオ様は初めて彩乃に逢った5歳の頃からずっと君に片想いしてるんだぞ。」
「だから我々はリクオ様の恋が成就されるのを今か今かと待ち望んでいるのだ。」

首無の思わぬ言葉に彩乃は目を大きく見開いて固まる。
――え、つまり何ですか。
リクオくんはあの出会いから私を好きだったと?
しかも初恋だと?えっとそれはつまり……あれぇ?

「……っ!」
「あはは、顔が真っ赤だね。」
「……何だお前。あの奴良組の若頭と恋仲なのか?」
「…………違う。」
「……アホくさ。」

ニャンコ先生のつまらなそうな声色を耳に聞きながら、彩乃は頬に集まった熱をどうにかしようと必死だった。
――ああ、もうこれからどんな顔をしてリクオくんに会えばいいんだ。
奴良組にだって告白されてから一度も行けてないし、うう……

「――さて、じゃあこれから奴良組に行こうか。彩乃。」
「……は?」

彩乃がそんなことをもんもんと悩んでいると、突然首無がそんなことを言い出した。
とてもいい笑顔に、彩乃は自分の顔が引きつるのを感じたのであった。

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