第262話「居たたまれない」

ジロジロ
ジロジロ
(……い……居たたまれない……)

首無に有無を言わさずに奴良組に連れてこられた彩乃たちは、現在、客間で待機させられていた。
首無から聞いていたことで、ある程度覚悟していたとは言え、やっぱりというか、先程からジロジロと部屋全体からの視線が痛い。
それはもう、天井やら床下やら、障子の向こうやら有りとあらゆる方向から視線を感じるのだ。

ヒソヒソヒソヒソ
「――ねぇ、知ってる?先日リクオ様がお一人でこっそりとお出掛けになられたけれど、あれって実は彩乃とデートしてたんですって。」
「マジでか!?」
「ヒュー、若様もやるねぇ。」
ヒソヒソヒソヒソ
「暫くこっちに顔出さなかったけれど、今日は何しに来たのかしら?」
「また名を返しに来たんじゃないか?」
「ばっかだなぁ。告白の返事をしに決まってんだろぉ?」
「きゃーー!!」
「…………」
『ふふ、夏目様には素敵な殿方がいらっしゃるんですね。』
「……そういうんじゃないよ。」
(本当にそんな関係ではないのに……)

障子の向こう側にいる奴良組の妖怪たちのヒソヒソ話が、部屋の中にいる彩乃たちの耳にまではっきりと届く。
彩乃は恥ずかしさのあまり逃げ出したい衝動を、拳を強く握り締めることで必死に耐えていた。
あまりにも強く握るものだから、プルプルと拳が震えている。
絶えることのない噂話を耳に聞きながら、彩乃は無言でリクオたちが来るのを待った。

ガラッ
「遅くなってごめん!」
「よお、久しぶりだな。夏目。」
「――あっ……お、お邪魔してます。……リクオくん。鴆も久しぶり……」
「「?」」

漸くやって来た待ち人の登場に、彩乃は俯いていた顔を上げた。
するとリクオと目が合ってしまい、彩乃はなんだな気恥ずかしくて、そっと目を逸らすと、挨拶をするのであった。
そんな彩乃の様子に、事情を知らないリクオと鴆は、不思議そうに首を傾げ、氷麗と首無などはニヤニヤと楽しげにこちらを観察していたのだった。


*******


「――鴆くん、どうかな?」
「う〜ん、妖怪に取り憑かれた人間を診るのは俺も初めてだからなぁ〜……こういうのは病とは関係ねえし、その肝心の『アサギ』っていう女妖怪の状態も実際に診てみねえ事にはな……」
「――アサギの病は、体が乾いた土のように崩れていく奇病だ。他の器に移っている間は進行が遅くなる。だが、出てきた瞬間にそれは始まってしまう。」

彩乃を見ていた鴆は、蛇の目さんの言葉に険しい表情を浮かべ、何やら考え込むように腕を組んで唸る。

「……そうか。聞いたことがある。磯月の森みてえな清浄な空間の中だけで長いこと生きている妖怪が、一時穢れに触れると、稀にそういう病にかかることがあると……心当たりはあるか?」
「……一度……病にかかる数日前に、一度だけ私は壬生様のお供として森を出ました。恐らくその時に……」
「……夏目……じゃねえな。お前がアサギか?」
「はい。」

彩乃の体を借りて、鴆の問いに答えるように頷くアサギ。
それを見て、鴆は深くため息をつくと、口を開いた。

「すまねえが、俺にも治してやることはできねぇ。」
「……そうか。」

鴆の言葉に、蛇の目さんは少しだけ落胆したように、残念そうな声を上げた。
うっすらと細められた瞳が、がっかりしたようにゆらゆらと不安定に揺れる。

「蛇の目さんはこれからどうするの?」
「何も変わらん。当初の目的通り、アサギの願いは叶える。そうしなければアサギはお前から離れんしな。」
「……アカガネ。私の為にあまり無理はしないで下さい。私はこのまま治らなかったとしても……」
「それでは駄目だ。私は、アサギには元気になってもらいたいのだ。」
「アカガネ……ありがとうございます。」
「アサギ……」

夏目の体を介して、見つめ合うアサギと蛇の目さん。
感動した蛇の目さんは、アサギ(夏目)の手を取ると、とても真剣な目でじっとアサギ(夏目)を見つめた。
それに瞳をうるうると潤ませるアサギ(夏目)。
暫くそんな見つめ合いが数秒続くと、ハッと我に返った彩乃が然り気無く蛇の目さんから手を振り解くと、気まずそうに目を逸らした。
そんな二人のやり取りを見ていたリクオたちは、唖然としている。
誰よりも早く我に返ったリクオは頭を振るうと、困ったようにニャンコ先生を見た。

「……ねえ、斑。彩乃ちゃんって、いつもこんな感じになっちゃうの?」
「いつもこんな感じだな。」
「――そう。流石に体を乗っ取られるのはまずいよな……よし、僕たちも手伝うよ。」
「――え、でも……」
「断るのは無し!前にも言ったよね?」
「あ……」

自分の事情にリクオたちを巻き込むのは申し訳なくて、渋る彩乃の反応などお見通しとばかりに、リクオが言葉を遮る。
彩乃はリクオからつい最近、もっと我が儘を言え、人を頼れと言われたばかり。
それを思い出し、彩乃は困ったように眉尻を下げた。

「だけど……ううん。じゃあ……お願いします。」
「任せてよ。」

にっこりと力強く頷いたリクオに、彩乃は苦笑するしかなかったのであった。

「いつも……ごめんね。でも正直、助かるよ。」
「いつも言ってるけど、彩乃ちゃんはもう少し僕等を頼ってよ。」
「そうですよ彩乃さん。水くさいです!」
「だって悪いし……」
「好きな子の為に力になりたいと思うのは当然だよ。」
「っ!?リ、リクオくん!!?」

さらりととんでもないことを言われ、彩乃は瞬時に頬を赤らめた。
それにニャンコ先生は冷めた視線を向けるし、氷麗や首無たちは嬉しそうだし、障子の向こう側にいる妖怪たちは何やらざわついてるしで、彩乃は今度こそここから逃げ出したくなった。
だから……

「――っ、リ、リクオくんのバカぁ〜〜〜!!!」
「えっ!?ちょっ、彩乃ちゃん!!?」

顔を真っ赤にして脱兎の如く奴良組を飛び出した彩乃に、リクオは困惑するのであった。

- 281 -
TOP