第266話「二人の大切な琴」

「できたーー!!」
「――っ!」

蛇の目さんの大きな叫び声にハッと目を覚ます。
ふと首だけ起こすと、蛇の目さんが嬉しそうに出来上がったばかりの琴を高々と掲げていた。
するとすぐにこちらに振り返って、彩乃の元に駆け寄ってくる。

「起きたか夏目!すぐに行くぞ!」
「えっ、えっ?」
「お前等も協力感謝する。後は任せろ!行くぞ夏目!」
「え?ええー?」
「ちょっ!彩乃ちゃん!」
「えっ、あっ!ごめん、みんな!行ってくるね!」

蛇の目さんは寝ぼけてまだ状況をよく理解していない彩乃の手を取ると、走り出す。
リクオたちはあまりにも急なことに、唖然と二人が去っていくのを見送るのであった。

******

走る走る。ひたすらに山の中を。
草を掻き分けながら、二人はただ走る。

「――ハァハァ」
「良かった。まだ間に合うぞ!」
『アカガネ、待ってください。私は……』
「アサギ、行っておいで。壬生様の所へ。今ならまだ、磯月の森への道が開いている。
――行っておいで、アサギ。そして壬生様に、もう一度……」

ガサッ

その時、突然草むらが揺れた。

「……たぞ。見つけたぞ!約束だ約束だ。腸を貰いに来たぞ人の子!!」
「!?」
(あの時の――!?)

草むらから突然飛び出してきたのは、昼間の妖怪だった。
彩乃目掛けて黒く大きな影が襲いかかってくる。

「――っ!」
(こんな時にーー!)
「夏目!!」
ザッ!
「――っ!蛇の目さん!!?」

彩乃が襲いくる妖怪から琴を守ろうと、咄嗟に両腕を広げて盾になろうとした。
すると、蛇の目さんが彩乃を守ろうと彩乃と妖怪の間に割り込んだ。
咄嗟に彩乃を庇ったせいで、妖怪の鋭い爪の攻撃を受けてしまう。

「っ、この!」
ビュッ!!
「ぎゃっ!!」
カラ……

蛇の目さんが妖怪に反撃すると、妖怪は痛そうに悲鳴を上げた。
その時、彩乃の耳に何かが転がる音が聞こえた。
ハッとして音のした方を見ると、蛇の目さんが反撃する際に投げた琴がコロコロと転がっていく。
しかも、運の悪いことにその先は崖になっているではないか。

「――あっ!」
(落ちるーー!!)

彩乃は反射的に駆け出した。
崖に向かってコロコロと勢いよく転がっていく琴を拾おうと必死に走る。

ガララ…… 
「――ダメ!!」

琴が……
アサギの……蛇の目さんの……
大切な……

彩乃は必死に手を伸ばす。
崖の下に落ちていく琴を拾うために、彼女は躊躇うことなく飛び降りた。

「――夏目!?」
バサバサバサ
ザザザサっっ!!!
「夏目……夏目ーー!!」

落ちていく瞬間、蛇の目さんが私の名を必死に呼ぶ声が聞こえた。
だけど、もうどうにもならなくて、私は何とか掴んだ琴を守るように、ぎゅっと琴を両腕で胸に掻き抱くと、そのまま暗い崖の下へと落ちていった。

- 285 -
TOP