第271話「猿面の一団」

彩乃が仮面の妖怪たちに追い詰められていたその頃、ニャンコ先生は馴染みの森で三篠と話をしていた。

「――ふむ。猿面の一団?」
「ああ、この辺りでは見ない連中だが、友人帳の噂をききつけてやって来たらしい。
……何か知らんか?」
「ほほう。友人帳の名も妖中に広がりはじめたか……」
「――あの感じ。そこそこ力のある連中の様だったが……」 
「――東方の山にそのような一団が治める森があると聞いたことがある。」
「東方の山か……」

ニャンコ先生の呟きに、三篠は何かを考え込むように目を閉じる。

「――ああ、思い出したぞ。あの山は人と妖の世の境が曖昧な森があって……あそこには近付かぬ方がいい。」
「何故だ?」
「……嫌なものがあるからさ。」

三篠はニヤリと怪しげに口角を釣り上げて笑うと、ニャンコ先生は警戒するようにそっと目を細めた。

「――嫌なものだと?」

*******

「やめて!放しなさいバカ!!」
「じっとしていろ小娘!」

――その頃、猿面の一団に捕まってしまった彩乃は、何処かの森へと連れて来られていた。
抵抗もむなしく力ずくで連れて来られた彩乃は、草むらに体を放り投げられ、痛みで顔を歪めた。

「いっ!……ここは?」
「我等の森だ。人の子がここから人里へはそう容易くは戻れぬぞ。」
「さあ、もう逃げれぬぞ。痛い目をみたくなければ早く友人帳を渡すのだ。」
「どこにある。」
「……っ」
「友人帳とは多くの妖を従わせることが出来るのだろう?」
「さぁ寄越せ。我等がお頭様こそ持つに相応しいお方だ。」
「そうだそうだ。」
「手に入れて我等が群れのお頭様に献上するのだ。」
「――人のくせに妖を操ろうなど身の程知らずめ。」
「……操るつもりはないし、操ろうと思っている奴等に渡す気もない!」
「黙れ!!」
ガッ!!
「うっ!」

彩乃がそうはっきりと強気の言葉を発すると、猿面の一団は苛立った様子で彩乃の首を掴んだ。
苦しさから、苦痛に顔を歪める。

「――ふん!威勢の良いことだ。小娘。覚悟はいいな。」
「……おや、その袋に何が入っているんだ。」
「……っ!?やめろ!!」
ガッ!!ズザザっ!!
「ぐふぅっ!!」

猿面の一人が友人帳の入った鞄に触れようと手を伸ばした。
それに気付いた彩乃は、咄嗟に自分の首を掴んでいる猿面の妖をぶん殴った。
殴られた猿面の妖は後ろにぶっ飛ぶと、気を失った。
その隙に彩乃は一団から背を向けて駆け出した。

「待て!何処へ行く!」
「逃がさぬぞ!」

*******

ガサガサ
ガサガサ
ガサガサ
「はあ……はあ……」

彩乃は無我夢中で逃げ回った。
がむしゃらに走り回ったせいで、完全に方向感覚が解らなくなっていた。
それでも、足を止めるわけにはいかなかった。

「……っ!?」

走っている途中で、追っ手を確認するために振り返っていると、時々妙なもの見かけた。
木の間に何やら護符のような札のような奇妙な紙が貼り付けてある。
それは一本だけでなく、この森の至るところにあった。

(――何だろう?この森のあっちこっちに貼ってある。)
ガサッ
「!?、うわぁっ!!?」
どさっ!

彩乃が札に気を取られていると、突然草むらから飛び出してきた白い物体に背中から飛び付かれて押し倒された。
体重をかけて乗っかられ、彩乃は草むらに顔を突っ込んだ。

「いったぁ!……何?」
「しっ!静かにしろ。」
「……!、ニャンコ先生。」

その白い物体はニャンコ先生だった。
その事に気付いた彩乃は、ホッと安堵の息をつくと、小声で話し始めた。

「……遅いよ先生。」
「馬鹿たれ。……まったく、ちょっと目を離せばこんな所に連れ込まれおって。」
「だって……」
「三篠の話が気になって、お前の様子を見に来てやった私に感謝するんだな。」
「……ごめん。」

彩乃はニャンコ先生に叱られて、珍しくしょんぼりと落ち込んだ。
今回ばかりは流石に油断しすぎた。反省しているのである。

「……でも、この森変なんだよ。札とかがあっちこっちに貼ってあって……
それに何か……何か変な感じがするの。ここにいちゃいけないような、よく分からないけど、嫌な感じが……」
「――ほう。お前も段々気配が分かるようになってきたか。」
「?」
「どうやらあっちこっちに罠があるようだ。」
「……罠……?私を逃げられなくする為?」
「――いや、これは……兎に角この森から離れるぞ。――分からないのか?」
「え?」
「この森に広がる気配は……」
「うわぁああぁああ!!」
「!!?」

ニャンコ先生が何かを言おうとしたその時、突如近くで誰かの叫び声が森中に響いた。

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