第28話「ひとりぼっちの子狐」

「ふふ、ふふふ。」

雨がパラパラと降り続く中、子狐の上機嫌な笑い声が森に響いた。

「かあ様かあ様、僕も役に立てましたよ。『ありがとう』って、言ってもらえたんです!……もう、役立たずじゃありませんよね?」

母狐の眠る墓石の前で嬉しそうにパタパタと尻尾を振って、母に今日の出来事を報告する子狐。

「あの娘、名は何と言うのだろう?ブサイクで奇妙な猫の妖をお供に連れていたし、きっと人間ではないですよね?」

人間はとても恐ろしく、森を荒らす嫌な存在だとかあ様は言っていた。
だから、人間は嫌い。
でも、きっとあの娘は人間ではないと思う。

「だって、あんなに優しく笑う娘が、人間な訳ないですよね?」

脳裏に浮かぶのは、傘代わりにフキの葉を渡してやった時の、あの優しげな笑顔。
あの娘はきっと人間に化けていて、妖で、僕と同じ狐なんだ。

「もし狐なら、この森で僕と一緒に暮らしてくれないかなぁ……」
ガサガサッ
「……ん?何だチビ狐、まだ居たのか。」
「ひっ!」

子狐がそんな事を楽しげに考えていると、いつも自分をいじめてくる牛と一つ目の妖怪がやって来てしまった。
しかも厄介なことに、今日はもう一人妖怪が側にいる。

「懲りずにまだ森をうろついていたのか?」
「目障りだ!出ていけ!!」
ドガッ!
「そうだ!弱虫め!!」
ドガッ!
「いっ……痛い痛いっ!!」

妖怪たちは小さな子狐相手に、容赦なく三人係でその小さな体を踏みつけ、時に蹴り上げる。
止むことのない暴力に思わず子狐は悲鳴を上げた。

「やめっ……やめてっ!!」
「うるさいぞ!」
「悔しかったら反撃してみろ!」
「ガハハハっ!消えろ役立たず!!」
「……っぅ!」

妖怪たちは幼い子狐に容赦なく攻撃を続ける。

(……違う。)
『……ありがとう。』

こんな時に脳裏に過ったのは、あの少女の感謝の言葉だった。

(……違う。もう、役立たずなんかじゃない!!)
ガブリッ!
「ぎゃっ!」
「くそっ、こいつ抵抗してきたぞ!」
「生意気な奴めっ!」

子狐は一つ目妖怪の手に噛み付くが、逆に妖怪たちの怒りを買ってしまい、怒った妖怪たちは子狐の側にあった母狐の墓石を蹴り上げてしまう。

「あっ!かあ様のお墓……っ!」
「ふんっ!こんなの物、こうしてくれるわ!!」
ガチャンッ!
「っ!やめ……っ!」
「やめろって言ったでしょ!」

子狐が目いっぱいに涙を溜めて声を上げようとした瞬間、茂みが大きく揺れて何かが飛び出してきた。
それは子狐を守るように優しく抱き寄せると、凛とした声が響いた。

「あんたたち……ゲンコツだけじゃ足りないの?」
「ひっ!」
「お、お前は昨日の……」
「……む?その顔……お前、友人帳の夏目か?」

『夏目』という名を聞いた瞬間、妖怪たちは酷く怯えた様子で騒ぎ始めた。

「な……夏目って……あの『夏目』か!?」
「妖の名を集め、多くを従わせているっていう……あの『友人帳』の持ち主の!?」
(『友人帳』?聞いたことがある。それに名を綴られた者は主従の契約で結ばれると――……)

子狐が呆然としている間に、彩乃が友人帳の夏目だと知った妖怪たちは悲鳴を上げて逃げて行った。

「ぎゃー!お助けーーっっ!!」
「……はあ。」

妖怪たちが立ち去るのを見送ると、彩乃はほっと安堵のため息をついた。

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