第37話「ネズミの奇襲」

「送ってくれてありがとう。」
「いえ、……先輩、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう。」

そう言って笑う彩乃の笑顔はどこか嘘っぽく、まるで作り笑いのような笑顔だった。
リクオはそれを元気がないせいだと感じた。
けれど、今の自分には彩乃に掛ける言葉がみつからず、うまく言葉にすることが出来なかった。

「それじゃあ、またね。首無、及川さんもまた……」

そう言って背を向けようとする彩乃。
その時、一匹の鼠が彩乃の足元に飛び出してきた。

「わっ!」
どろんっ!
ピュピュピュッ!
「ぬおっ!?」
「きゃっ!」
「うわっ!」

彩乃が鼠に驚いた一瞬の隙に、鼠は男の姿になり、ニャンコ先生と氷麗、首無に何か白い札を飛ばした。

「先生っ!?」
「氷麗、首無!」
「……やはり貴様が雛を隠していたのか……」

男は数日前に彩乃の前に現れた『鼠』だった。
鋭い眼差して彩乃を睨み付け、ゆっくりと近づいてくる。

「あなた、この前の……」
「磯月のネズミと申す。雛を渡してもらうぞ、小娘。」
「……っ」
「先輩っ!」

彩乃はぎゅっとタマを抱き締めると、踵を返して森へと駆け出した。

「逃がすと思うな。」
「待て!お前が辰未の雛を狙っている妖怪か!?」

ネズミが彩乃の後を追おうとすると、リクオが前に立ちはだかる。
するとネズミはリクオを見るとスッと目を細めた。

「主は……半妖か?お前に用などない。どけっ!」
「待て!……くそっ!」

ネズミはリクオの横をすり抜けると、森へと行ってしまった。 
リクオは何も出来ずにみすみすネズミを逃がしてしまった事に舌打ちすると、悔しげに拳を握り締めた。

(……僕に力が無いから……)
「リクオ様!これ取ってください〜!」
「はっ、……わああ、みんなっ!」

氷麗の助けを求める声にリクオはハッとして我に返ると、札の力で妖力を抑えられ、地面にへたり込んでいる二人と一匹を見て慌てるのだった。

*****

一方、彩乃は森の中をがむしゃらに逃げ回っていた。

ガサ、ガサガサ
「はあ、はあ……どうしよう、何処へ逃げればいいんだろう……」

リクオくん達を置いてきてしまった。
みんな無事だろうか……

「揺らしてごめんねタマ。大丈夫?」

彩乃が声を掛けると、弱々しいがしっかりと彩乃の服を掴んでぎゅっと握り締めてくる。

「大丈夫……側にいるよ。」
「見つけたぞ小娘!」
「!」

彩乃の目の前に突如として現れたネズミ。
追い付かれた彩乃はタマを守るようにぎゅっとタマを抱く腕の力を強めた。

「さあ、それを渡してもらおう。」
「悪いけど、タマは渡せない!」
「タマ?雛の名か?……もうそんなに育っているのか……渡さぬと言うのなら奪うまでだ。」

そう言うとネズミは手に持っていた棒を降り下ろし、彩乃に殴りかかる。
咄嗟に体を反らすことでそれをかわしたが、勢いよく地面に転がってしまった。

ザザッ
「いっ!」
「……っ」 
「所詮非力な人の子にとって、妖など災いにしかならん。さあ渡せ。たかが一匹の命、お前には対して関係のないものだろう?」
「……っ」
「タ、タマ!暴れないで……」

ネズミの言葉を聞いたタマは棄てられると思ったのか、彩乃から逃れるように腕の中でじたばたと暴れだす。

「……大丈夫だよ、タマ。行かなくていい。あなたはここにいていいんだよ。ごはんもちゃんと食べて、いつか、別れの日がきても……それはきっと、別れの日ではないんだから……」

彩乃の言葉にタマはその瞳を大きく見開き、その大きな瞳から一筋の涙を流した。

「だから、その時まで……側にいるよ。」
「小娘、覚悟!」
「!」
カッ!

ネズミの攻撃が彩乃に当たろうとした瞬間、タマが目映い光を放つ。
あまりの眩しさに彩乃とネズミが一瞬目を閉じた瞬間、タマは急激に成長し、その本来の姿へと変貌を遂げた。

「クァァァァァッ!!」

大きな鳥のようなその姿は、誰もが圧倒する迫力を持っていた。

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