第38話「暴走」
突然成獣へと成長を遂げたタマ。
その急激な姿の変わり様に誰もが呆然とタマを見つめていた。
「夏目先輩！」
「ちょっ、何あの大きな妖怪は……！？」
「雛が成長したのか！？」
「彩乃！」
彩乃とネズミがタマに気を取られている間に、ニャンコ先生やリクオたちが追い付いてきた。
「クァァァーーッ！！」
「ぬうっ！」
タマはネズミを嘴で咥えると、とてつもなく強い力でネズミを押し潰そうとした。
ミシリと音を立てて、ネズミの骨が今にも砕かれんとばかりに軋む。
「やめてタマ！もう放してあげて、それ以上は死んでしまう！！」
「フーフー」
「ぐっ……」
タマは彩乃の声が聞こえていないのか、一向に放そうとない。
それどころかより一層力を込めてしまい、ミシミシと骨の軋む嫌な音が耳に響き、彩乃は焦る。
「私はもう大丈夫だから、お願いタマ！タマっ！！」
「近寄るな馬鹿者！成長の衝撃で我を忘れている！」
ニャンコ先生が叫ぶが、彩乃は先生の言葉に従わなかった。
「……っ、だったら落ち着かせるわ！」
（そうだ、抱き締めたら思い出してくれるかも……）
「タマ！」
「フー！」
バシィッ！
「うわっ！」
タマに抱き付こうと手を伸ばした彩乃だったが、興奮して我を忘れて暴れ狂うタマは、近づこうとした彩乃をその大きな翼で弾き飛ばした。
「夏目先輩っ！」
「ちっ！」
どろんっ！
草むらに転がる彩乃を見て、ニャンコ先生は舌打ちすると本来の斑の姿に戻る。
「氷麗、首無！」
「はい、リクオ様！」
「お任せ下さい！」
暴れるタマを止めるために、氷麗と首無はそれぞれ攻撃すべく構えを取った。
本能で自分に危害を加えようとしていると感じ取ったのか、タマはネズミを咥えたまま氷麗たちを警戒するようにじっと見据えている。
その時、タマの嘴にそっと優しい温もりが触れた。
「……帰ろう、タマ。」
ふわりと優しく触れたその手のひらの主は彩乃だった。
彼女はタマを安心させるように柔らかく微笑むと、もう一度同じ言葉を口にした。
「帰ろう、タマ……帰ろう……」
すると、タマの瞳に光が戻ってくる。
呼吸も段々と荒いものから規則正しい息遣いへと落ち着いていく。
我を取り戻したタマは、そっと嘴を開いてネズミを解放した。
「……タマ……」
「夏目先輩！」
「「彩乃！」」
「……っ！」
タマが漸く落ち着いた事に安堵の息を漏らすと、リクオやニャンコ先生、首無や氷麗が心配して彩乃に駆け寄って来た。
「この馬鹿タレ！」
「無茶し過ぎですよ先輩！」
「本当に……妖怪相手に何て無茶苦茶な！」
「……っ、えっと……」
次から次へと彩乃に詰め寄る3人。
氷麗だけがちらちらと何かを言いたげにこちらを見ていて、その様子はどこか心配そうだった。
「わあ、みんな落ち着いて！」
「落ち着いてなんかいられないよ！」
「まさか君がこんな無茶するなんて思わなかった！」
「えっ？えっ？何かみんな怖いよ！？」
誰かに心配されるなんて慣れていない彩乃は、どうしてリクオたちがこんなに怒っているのか戸惑った。
ただ一つ、とても心配させてしまった事だけは理解できた。だから……
「ごめんなさい……」
素直にその言葉を口にすることができたのだった。