レイコと鯉伴の出逢いの物語

「二代目、また奴良組の妖怪が名を奪われたそうです。」
「またか、黒田坊。」

奴良組の二代目総大将、奴良鯉伴は、このところ立て続けに起きる事件の報告を聞いて、深刻そうな表情を浮かべた。
ここ最近、奴良組ではある事件が起きていた。
多くの奴良組のシマの妖怪達が勝負を挑まれ、名を奪われているのだ。

「……確か、相手は女だったか?」
「はい、茶髪の長い髪の、とても美しい女だそうです。」
「茶髪の髪の女妖怪か……」
「どこかの組の者でしょうか?」
「さあな、それは会ってみねぇとわからねぇ。」
「……では、近いうちに出入りを?」
「そうだなぁ〜。」

問題は深刻だと感じた鯉伴は、何かを考えるように顎に手を当てて思考を巡らせる。

「……とりあえずは、この件は俺に任せろ。」
「え、しかし……」
「大丈夫だって!」

にかっと無邪気な笑みを浮かべる鯉伴に、黒田坊は嫌な予感しかしなかった。

「――確か、例の女が目撃されたのはこの辺りだったか?」

その日、鯉伴は鴉の目撃情報を頼りに、例の名を奪う女妖怪を探していた。
浮世絵町の街をぶらりと歩いているものの、中々それらしい女には出会わない。

「よっぽど化けるのが上手いのかねぇ〜……それらしい妖怪は見つからねぇな。」

電信柱に乗って、きょろきょろと街並みを見下ろすが、中々それらしい妖怪は見当たらない。

「"まるで人間のような姿"だって言うから、人間に紛れてると思って街に出たんだが……当てが外れたかねぇ〜……ん?」

鯉伴が今日は帰ろうかと思い始めた頃、うっすらとだが妖気を感じ取った。
気になってそちらの方角に目を向ければ、少し遠くの竹林から中々強い妖気を感じた。

「ちと行ってみるか……」

鯉伴はそう呟くと、勢いよく地を蹴った。
身軽な妖怪の体はふわりと軽やかに飛び上がり、一蹴りで目的の場所へと近づいていく。

「うふふ、ほらほら、こっちよ!」
「くそ〜、まてぃ小娘がぁ〜!!」
「……ありゃあ……」

竹林に行くと、大きな猪の姿をした妖怪と対峙する一人の少女がいた。
鯉伴は近くの草影に身を隠すと、そっと二人の様子を見守る。

「まて〜!正々堂々と戦え〜!」
「うふふ、いやよ。真っ正面からあなたを相手にしたら私は負けてしまうもの」
(……驚いたな、ありゃあ、人間の娘じゃないか?)

まるで戯れる様に楽しげに猪の妖怪から逃げ回る少女。
茶髪の長い髪をなびかせてくるくると踊るように走り回るその少女は、紛れもなく人間の娘だった。
下級から大物妖怪まで多くの妖怪の名を奪っていた女が、まさか人間の少女だったという事実に、鯉伴は驚いた。
てっきりどこかの組の妖怪だとばかり思っていたものだから、鯉伴はどうしたものかと後ろ頭を掻いた。

「……とりあえず、助けてやろうかねぇ〜。」

人間の娘に妖怪相手は分が悪いので、助けてやろうと腰に掛けておいた刀に手をやる鯉伴。
しかし、鯉伴が飛び出す前に決着は以外な形でついてしまう。

「レイコぉ〜〜!!」
「あーもう、しつこいわね!えいっ!!」
ガンッ!
「ぎゃあっ!!」

鯉伴が助けてやろうと腰を上げたその時、少女は猪妖怪の顔面に持っていた木の棒を思いっきり叩きつけた。
大きな音を立てて顔に木の棒が食い込み、猪妖怪はそのまま倒れ込んでしまう。

「おいおい、マジかよ……」

まさか人間の娘が、あんな自分よりもひと回りもふた回りも大きな妖怪相手に勝ってしまうなんて、誰が想像できようか。

「――さあ、私が勝ったんだから名を寄越しなさい。」
「……く、くそぉ〜!」

猪妖怪は悔しげに唸るも、渋々といった様子で紙に名を書いていく。
そしてその紙を受け取ると、少女は満足そうに笑った。

「これであんたは私の子分よ。私が呼んだら絶対に来てね!」
「……ふん!」

猪妖怪は悔しげに鼻を鳴らすと、何処かへと消えていった。

「……さて、次は貴方かしら?」
「……いつから気付いてたんだい?」

鯉伴のいる方を振り返って声を掛けてきた少女に驚く鯉伴。
気付かれていたのなら仕方がないと姿を見せると、少女はにっこりと微笑んだ。

「そうねぇ〜、割りと最初からかしら?私があの猪と追いかけっこをしている時にはもういたわよね?」
「恐ろしいねぇ〜、あんた本当に人間かい?」
「ええ、妖(あなたたち)が見える以外は普通の人間よ」
「妖怪を棒切れ一本で倒すなんざ、普通の人間とは言えねーぜ?」
「あら、そうかしら?」

クスクスと笑う少女に、鯉伴はとても興味を持った。
先程の様子から、間違いなくこの少女が例の妖怪から名を奪う女だと判断した鯉伴だが、少女、レイコをとても気に入ってしまった。

「……あんた、おもしれぇな、名は?」
「人に名を尋ねる時は、自分から名乗るのが礼儀じゃないかしら?」
「くく、それもそうだな。……俺は鯉伴だ!」
「私はレイコよ。」
「レイコ……ねぇ……」

面白いものを見つけた子供の様に目を輝かせる鯉伴。
これがレイコと鯉伴の出逢いだった。

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