第58話「一件落着」

彩乃が目覚めたのは、牛鬼が目を覚ました少し後だった。
柔らかな朝日が部屋に差し込み、彩乃は眩しさから目を覚ました。

「あ、夏目先輩!」
「……奴良君?」

目を覚ますと、部屋にはリクオがいた。
彩乃が気を失ってから何度も部屋に訪れては彩乃の様子を見に来ていたリクオは、彩乃が目を覚ましたことにホッと安堵の表情を浮かべた。

「良かった。急に倒れたから心配したんですよ。中々目を覚まさないし……」
「……もしかして、ずっと側にいてくれたの?」
「えっ、えーと……まあ……」

彩乃の問い掛けにリクオは照れくさそうに頷くと、彩乃はふわりと微笑んでお礼を言った。

「そっか、ありがとう。奴良君。」
「……いえ」

どこか恥ずかしそうに彩乃から視線を外すリクオ。
その姿は普通の男の子の様で、彩乃は目の前にいるこの男の子が、本当に昨日の妖怪の青年と同一人物なのだろうかと、何処か信じられない気持ちでリクオを見つめていた。
あまりにも見つめていたものだから、リクオは困ったように彩乃の名を呼んだ。

「……あの……夏目先輩?」
「あっ!ご、ごめん、つい。……なんか、奴良君……雰囲気変わった?」
「……え?」
「なんか、吹っ切れたと言うか、上手く言えないけど……迷いがなくなったって顔してるから……」
「それは……」

彩乃の言葉にリクオは驚いたように目を丸くした。
彩乃の言う通り、自分は覚悟を決めたのだから……
リクオは彩乃に自分の気持ちを聞いてもらいたくなった。
少し考える素振りをすると、リクオは口を開く。

「……僕は……今まで自分が人間だという理由で、ずっと妖怪の血……奴良組の三代目という事から逃げてたんです。でも……牛鬼と戦って、全部受け入れると決めた。」
「……もしかして、妖怪に変化してる時の記憶……思い出したの?」
「……はい。正確には、覚えてました。でも、知らないふりをしていたんです。いや……知りたくなくて、忘れた事にしていたんだ……」

膝の上でぎゅっと拳を握り締めて、体を震わすリクオに、彩乃はかける言葉が見つからなかった。
リクオとは出会ってまだ日が浅く、彩乃は彼のことを殆ど知らない。
だが、こうして自分の気持ちを打ち明けてくれたリクオは、本当はずっと人間として過ごしていたかったのではないかと彩乃は思った。
彼はとても優しい子だと思う。
彼の家に初めて訪れた時、友人帳の事で妖達から警戒されていた自分を一番に信用してくれたし、友人帳関係で妖に狙われている自分をいつも気にかけてくれていた。
彼がどんな気持ちで今まで人間として過ごしてきたのか知らないし、彼がどうしてそこまで妖怪であることを否定し、人間として生きていきたいと願っていたのかも彩乃は知らない。
だけど、いつも力になろうとしてくれたから。
今度は自分が少しでも彼の力になってあげたいと思った。

「……僕は、三代目を継ぎます。僕は、大切な仲間がいる奴良組を……守っていきたい」
「……そっか、決めたんだね。」
「……はい。」

しっかりと頷くリクオに、迷いや後悔はなかった。
それに彩乃は微笑むと、布団から体を出してリクオと向かい合うように正座した。

「……私に、奴良君の気持ちを聞かせてくれてありがとう。それと……私にも何か力になれる事があれば言ってね?出来ることは少ないかもしれないけど、私も奴良君の力になりたいから……君が私の力になってくれたように……三代目になるの、陰ながら応援してるね。」
「先輩……ありがとうございます。」
「うん。」

にっこりと微笑む彩乃に、リクオも釣られるようにして微笑んだ。
和やかな空気が二人を包み込む中、その雰囲気をぶち壊すように部屋の戸を開ける者がいた。

「……あっ!」
「牛鬼!?」
「……邪魔をする」

空気を読まずに部屋に入ってきたのは牛鬼だった。
彩乃とリクオが突然の彼の登場に驚いていると、彼は一瞬だけ彩乃をちらりと見ると、ゆっくりと部屋に足を踏み入れた。

「牛鬼……怪我はもう大丈夫なの?」
「ああ、人間のお前と違って、今の私は完全に妖怪だからな、傷の治りも早い。」
「そっか。良かった……」

安心した様に微笑む彩乃に、牛鬼はどこか気まずそうに彩乃から目を逸らすと、彩乃の目線に合うようにリクオの隣に正座した。

「……すまなかった。」
「ええっ!?」

突然謝罪する牛鬼に彩乃は慌てる。
すると牛鬼は申し訳なさそうに彩乃を見つめてきた。
その瞳は今までの冷たいものではなく、どこか彩乃を労るような優しさを持った瞳だった。

「……お前には、色々と失礼な態度を取った。友人帳を奪うために、部下に命も狙わせた。……レイコの件は私の個人的な逆恨みから、お前を憎んでいた。だから……すまなかった。」
「え、ええっと……皆を襲ったのは良くないし、レイコさんと牛鬼の間に何があったのかはわからないけど……私のことは気にしないでいいよ。牛鬼には牛鬼の考えがあっての行動だったって、友人帳を通して知ってるから……」
「だが……」
「もう、大丈夫だから気にしないで!」
「……お前がそう言うのなら……」

牛鬼はどこか納得できないと言った表情を浮かべていたが、あまりしつこくすると彩乃に怒られそうだったので、渋々自分を納得させたのだった。
だが、牛鬼はどうしてもこれだけは言っておきたい言葉があった。

「名を返してくれて……感謝する。」
「……うん。」

牛鬼からお礼を言われ、驚いたようにきょとりと目を丸くする彩乃だったが、次の瞬間には嬉しそうに満面の笑みで微笑んだのだった。
色々な想いがぶつかり合って、リクオにとっては自分と向き合い、決意と覚悟を決める事になったこの合宿。
彩乃にとっては、牛鬼との距離を縮めるきっかけとなった大切な合宿となったのでした。

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