第67話「縮まる距離」

「え……」
(何?これはいったいどういう状況なの!?)

突然予定よりもずっと早く元の姿に戻ってしまった彩乃。
幼い彩乃がリクオに抱き付いたタイミングで元に戻ってしまった為、その弾みで彩乃はリクオを押し倒してしまっていた。
気が付いたらリクオを押し倒しているという有り得ない状況に、彩乃の思考は完全に停止していた。

「「……」」

暫し呆然と見つめ合う彩乃とリクオ。
そんな二人の状況を楽しげに眺めていたぬらりひょんは、にやりと口角を吊り上げて笑った。

「……男を押し倒すなんざ、彩乃も大胆だねぇ」
「……ぬらりひょんさん?……え?え?ええええええっっ!?」
「あらあら、彩乃ちゃん落ち着いて。」
「ええええええっっ!?だだだだだってなななええええええっっ!?」
「………彩乃ちゃ……先輩、とりあえず退いてくれませんか?」
「あっ!!あわわわ!!ご、ごめんなさいっっ!!」

自分よりも慌てている人間を見ると冷静になると言うが、本当にその通りだった。
顔を真っ赤にして慌てふためく彩乃を見て、リクオは冷静に言葉を発することが出来た。
リクオに退くように言われた彩乃は飛び上がる勢いで素早くリクオから退くと、オロオロと周囲を見回した。

「ごご、ごめんね。奴良君!」
「……いえ、気にしないで下さい。」
「で、でも……あの、その、えーと…………ここって奴良組だよね?」

彩乃はまだ何か言いたげに口を開いたり閉じたりするが、謝罪以外の良い言葉が見つからず、悩んだ末に自分の中の疑問を尋ねることにした。

「……確か、私、ヒノエから何か得たいの知れない薬を飲まされて……あれ?そこから記憶がない……?」
「……先輩、説明するので、落ち着いて聞いてください。」
「え?……うん?」

困ったように眉尻を下げるリクオに、彩乃は不思議そうに頷くのだった。

*****

「ええええええっっ!?わ、私……子供になってたのぉ!!??」
「せ、先輩落ち着いて!」
「あ、ご、ごめんなさい。」

リクオからこの三日間の出来事を簡単に説明された彩乃は、思わず叫ばずにはいられなかった。
だって、子供になって奴良君の家にお世話になっていたなんて……
何か失礼な事はしていないだろうか?
しかも、しかも……

「まさか……ニャンコ先生が私に化けて過ごしてるなんて……しかも見張り役にカゲロウって……だ……大丈夫かな……」
「カゲロウが一緒ならきっと大丈夫ですよ、先輩。……だから、落ち着いて下さい。」
「……うう、不安だ……」

真っ青な顔で不安そうに項垂れる彩乃に、リクオは苦笑するしかなかった。

「……そう言えば、奴良君は学校行かなくていいの?」
「え?……はい。先輩が心配ですし、今日は休みます。」
「ご、ごめんね。私のせいで……」
「いえ!僕がそうしたいだけなので、気にしないで下さい!」
「……ありがとう。」
「っ!」

眉尻を下げて少し困ったように笑う彩乃に、リクオはほんのりと頬を染めて見惚れてしまう。

「……?、奴良君?」
「えっ!?あっ、何?彩乃ちゃん!……あっ!!」
「えっ?」

自分を見つめたまま固まるリクオを不思議そうに見つめる彩乃。
声を掛ければ、慌てて返事をするリクオだが、先程まで彩乃を名前で呼んでいたリクオは、慌てるあまり彩乃を名前で呼んでしまった。

「今……名前……」
「わああ!!すみません!!さっきまでそう呼んでたからつい!!」
「……奴良君落ち着いて。大丈夫、奴良君がそう呼びたいなら呼んでくれていいよ。言葉遣いも気にしなくて良いから……寧ろその方が嬉しいし。」
「え、でも……」
「私も、リクオ君って呼んでいいかな?」
「……っ、はい!!」

ふわりと柔らかく微笑む彩乃に、リクオは自分の顔が熱くなっていくのを感じた。
きっと、今の自分は真っ赤な顔で嬉しそうににやけているのだろうなと恥ずかしく感じながらも、リクオは高鳴る胸の鼓動を抑えることが出来なかった。

「――そう言えばね、夢を見てたんだ。」
「夢?」
「うん。昔出会った、不思議な男の子のこと……妖を怖がらない不思議な男の子だったの……もう顔も思い出せないけど、その子のお陰で、あの日から妖が怖いだけの存在じゃないって知って、少しだけ妖を見る目が変わったんだよね。」
「……それって……」

まさか自分の事だろうか?
――そうだったなら、嬉しい。
幼い頃の事を思い出したと語る彩乃に、リクオは自分がその時の少年だと名乗るかどうか迷う。
彼のお陰で妖を見る目が変わったと語る彩乃に、リクオは胸のドキドキがより一層早まった気がした。

「……あの……せんぱ……彩乃、ちゃん……」
「ん?」
「その男の子って……「邪魔するよー!」
「ヒノエ!?」
「おや、元に戻ったんだね彩乃。」
「……」

リクオがその男の子の話を詳しく聞こうとを口を開くと、リクオの言葉を遮ってヒノエがやって来た。
邪魔をされたリクオは、ムッとした不満げな表情でヒノエを見つめるが、ヒノエも彩乃もそんなリクオに気付かない。

「やっぱりあんたはその姿の方が一番いいね。」
「もー、ヒノエのせいでこっちは大変だったんだからね!!」
「悪かったよ。げへへ、彩乃〜。」
「ちょっ!ヒノエ!抱き付かないで!!」
「……」

彩乃を異性として意識し始めたばかりのリクオの目の前で遠慮なく彩乃に抱き付くヒノエ。

「……」
ベリィっ!
「わっ!……リクオくん?」
「……なんだい、ぬらりひょんの孫。邪魔すんじゃないよ。」
「……彩乃ちゃんが嫌がってるから離れてよ。ヒノエ。」
「ああ?」
「ちょっとヒノエ!?リクオくん??」

バチバチと火花を散らしながら睨み合う二人に、彩乃は何故二人が険悪な雰囲気になっているのか理由がわからずにオロオロと二人を見つめるのだった。

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