第66話「未来の約束」

「「いただきます」」
「……ます」

彩乃が幼くなって今日で三日目の朝。
最初は沢山の妖怪たちにおっかなびっくりだった彩乃も、今では少しだけではあるが受け入れるようになっていた。
今でも妖怪嫌いは直っていないし、人型でない妖怪に近づかれると相変わらずリクオや若菜の後ろに隠れてしまうが、少しずつ妖怪の皆とも会話をするようになってくれている。
特に子狐とは仲が良く、昨日は二人で庭の花を摘んだり、屋敷の中を探検したりと、仲良く遊んでいた。

「彩乃ちゃんが皆と食事を取ってくれるようになって本当に良かったわ。」
「そうだね。昨日までは怖がって、一人で食べてたから……」

今は朝食の時間。
大広間で妖怪の仲間たちと一緒に食事を取る彩乃を見つめながら、リクオと若菜は安心したように微笑んだ。
昨日までの彩乃は、ずっと妖怪たちを拒絶して一緒に食事を取ろうとはしなかった。
しかし、リクオや子狐の根気強い誘いもあって、今朝はやっと大広間で皆と一緒に食事を取ってくれたのだ。

「ご馳走さまでした。」
「はい、お粗末様。食器持ってきてくれて、彩乃ちゃんは偉いわね〜!」
「……(こくん)」

食べ終わった食器を自分で持ってきて若菜に手渡す彩乃に、若菜は偉いわねと微笑みながら彼女の頭を撫でた。
それに照れくさそうに頬を染めて頷く彩乃。

「ふふ、なんだか娘ができたみたいで嬉しいわ。どう?この際本当に家の子にならない?」
「?」
「お母さん!?」
「ふふ、冗談よリクオ。」

本気で慌てるリクオに、若菜は可笑しそうにクスクスと口に手を当てて笑う。

「冗談でもそう言うことは言わないでよ!」
「ふふ、そうよね。彩乃ちゃんはリクオのお嫁さんになるんですものね。」
「なっ!?だからそう言う冗談は!」
「なんじゃ、リクオは彩乃にホの字か?」
「おじいちゃん!?」
「ええ、実はそうなんですよ。お義父さん」
「だから違うってば!!」

二人揃ってからかってくるので、リクオは顔を真っ赤にして怒る。
そうやってむきになるから、余計にぬらりひょんや若菜が調子に乗るのだとリクオは気付いていない。

「二人共いい加減にしてよ!!「まったく、何を呑気に会話しとるんだ馬鹿者共!!」

その時、リクオの言葉を遮って呆れたような少女の声が響く。
皆がそちらに視線を向けると、そこには彩乃の姿に変化したニャンコ先生がいた。

「斑!?」
「おー、なんだい、今日も酒を飲みに来たのか?」
「阿呆か!今日は彩乃が元に戻る三日目であろうが!!私がこの二日間、どれだけ大変な思いをしてこの馬鹿になりすましていたと思っている!!」

鋭い目付きでリクオを睨み付けるニャンコ先生。
彩乃の姿をしてはいるが、中身がニャンコ先生なせいで全く別人に見えてしまう。

「……斑、夏目先輩の姿で変なことしてないよね?ちゃんとやれてる?」
「なあーにが!「ご心配なく!ワタシがきちんと見張っておりますので!」
「げっ!」

ニャンコ先生はその声の主の姿を見付けると、嫌そうに顔をしかめた。
その声の主はカゲロウで、彼はニャンコ先生を見付けると、ズカズカと大広間に足を踏み入れた。

「突然の訪問失礼します。斑殿、早く家にお戻り下さい。藤原殿達には体調が悪いと言うことになっているのですから、出歩かれては困ります!」
「嫌だわ!大体、今日は彩乃が元に戻る日だろうが!だったら私が変化し続ける必要はもうないだろ。」
「それは夕方の話です。今日一日、貴方には彩乃様として過ごしてもらわなければなりませんから。このカゲロウ、彩乃様の名が汚れぬよう、しっかりと斑殿を見張るつもりです!」
「あー!もう嫌だ!!お前はこの二日間ずっと私の見張りばかりしおって……いい加減にしろ!」

憤るニャンコ先生を冷めた眼差しで見据えるカゲロウ。
実は、この二日間カゲロウは彩乃の身代わりとして過ごすことになったニャンコ先生が妙な行動をして、彩乃が周りから悪く思われないよう、ヒノエから事情を聞いて見張っていたのだった。
家に居ても、どこに居ても四六時中カゲロウがついてくるので、流石にニャンコ先生もうんざりしていたのだった。

「ささ、早く帰りますよ!」
「あ〜〜!!」

カゲロウにズルズルと引き摺られながら、ニャンコ先生は奴良組を後にするのだった。

「……えーと……僕もそろそろ学校に行かなきゃ……」
「……(ぎゅ!)」

リクオが去って行った二人の方向を見つめながら呟くと、彩乃はリクオの足にしがみついた。
まるで行くなと言っているようで、リクオは困ってしまう。

「……彩乃ちゃん、今日はお母さんと待っててくれる?」
「…………うん」
「よし、良い子だね。」

聞き分けの良い彩乃の頭を撫でるリクオを、ぬらりひょんは何か良くないことを考えたような顔を浮かべて、にやりと笑った。

「……のう、彩乃。そんなにリクオが好きか?」
「うん!お兄ちゃん大好き!!」
「彩乃ちゃん!?」

満面の笑みで答える彩乃に、ぬらりひょんは満足げに頷く。

「そうかいそうかい。だったら、リクオの嫁になりゃーいい。そうすりゃずっと一緒にいられるぞ?」
「……本当?」
「ちょっと!おじいちゃん!?」
「だったら、私、お兄ちゃんのお嫁さんになる!」
「わあっ!」

そう言ってリクオに抱きつく彩乃。
リクオは慌てて彩乃を受け止め、彩乃は嬉しそうに笑う。
その時、ポンっと、大きな音を立てて彩乃の体が煙に包まれた。

「うっ!けほけほ!」
「リクオ、大丈夫!?」
「……うん、それより彩乃ちゃんは!?」

その時、リクオは自分の体にかかる重みに違和感を感じた。
幼い少女の体重にしては重すぎるのだ。
いや、決して先輩が重い訳ではないのだが、まるで大人の女性のような微妙な重さというか……
それに、何故か押し倒されている? 

「……え?」
「……なっ!?」
「あら。」
「ほう。」

煙が晴れると、そこには元の年相応の姿に戻った彩乃が、リクオを押し倒したような形で座り込んでいた。

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