第71話「青年斑再び」

「とりあえず夏目は化粧か面を。斑様は獣の姿ではいけませんよ。」
「む?」
「獣を連れたレイコ似の娘が『友人帳』を持っているらしいと噂なのです。」
「……そんなに噂になってるの?」
「ええ。何せ妖にとって有名ですからね。『夏目レイコ』は」
「……有名?」

そういえばレイコさんは、妖達からはよくその名を聞いたけど、人からは……
全くと言っていい程彼女の名は聞かなかったな。

『――ねぇ』
『ねぇ、いつまであの子預かっておくつもり?』
『仕方ないだろ。兄貴の家も嫌がって……』
『あっ、お、お帰り彩乃ちゃん。』
『丁度よかった。レイコさんの遺品が出てきたんだ。』
『……レイコ?』
『君の祖母にあたる人で、君が唯一の血縁者なんだ。』
『やだ何これ、落書き帳?大事にしてたって聞いてたから何かと思えば……頭おかしかったっての本当だったのかもね。』
『――え』
『無理に受け取る事はないからね彩乃ちゃん』
『私達、誰も何も彼女のこと知りもしないのだから、そんなものを持っていてやっても何にもならないのだから』

――思えば、あの頃は『友人帳』が何なのかを知りもしなかった。
(誰も、何も、彼女のことを知りもしないのだから……か。)
それは……何て悲しいことだろう。

「ふむ、獣の姿も娘の姿もまずいとなると、あの姿になるしかないな。」
「……あの姿?」
どろんっ! 

彩乃が不思議そうにニャンコ先生に尋ねるも、先生は次の瞬間にはもう変化してしまっていた。
一瞬で真っ白な煙に包まれ、その煙が晴れると、そこには見目麗しい青年がいた。
真っ白な白髪の長い髪を後ろで一つに結い上げ、着物に身を包んだその青年に、彩乃は唖然とする。

「……誰?」
「まあ斑様!そのお姿は何十年ぶりに御目にかかりましょう!相変わらずとても美しい!!」
「えっ!?先生!!??」

うっとりとした表情を浮かべる紅峰の言葉で、漸く目の前にいる青年がニャンコ先生だとわかった彩乃は、これでもかと言うほど目を大きく見開いて驚いた。

「……先生って……性別どっちなの?」
「この姿を見て他に言うことはないのか阿呆。」

年頃の娘であれば、大抵は斑の青年の姿を見る者はうっとりと頬を赤く染めて見惚れるものだ。
しかし、彩乃ときたら、ときめく処か全く男として意識していないようだ。
まあ、斑の方も彩乃を恋愛的な目で見ているわけでは無いので、斑にとって、ちょっと反応の薄い彩乃に不服は感じても、残念だとは思わなかった。
斯くして、変装した彩乃と斑は、紅峰の案内で妖達の飲み会へと参加するのだった。

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