第72話「主様」

「さあさあ、たんと飲んでくれ。よく集まった我が同輩達。」
「紅峰、遅かったな。どこ行ってたんだ?」
「野暮だね。化粧ですよ。」
「おや、見掛けぬ奴等だ。」
「私の連れなんですよ。」
「見ねえ顔だな。さあさあ、飲みねぇ」

面をつけて妖に扮した彩乃とニャンコ先生は、紅峰の協力を得て妖達の飲み会に参加する事が出来た。

「楽しそうだから混ぜてもらうね。」
「おうおう、飲みねぇ」
「ん?……お前……ちょっと人間臭いなぁ」
「えっ……(ギクリ)」
「主様のことを思い出すな。」
「……主様?」
「人間びいきの主様か。家畜を襲う為、人に化けた時、狐用の罠に嵌ってな。猟師の男に助けられて以来、人に化けてはそいつに会いに行ってたんじゃ。」
「人の友人ができたと言ってはしゃいでおった。」
「力は強力だったがちっと頭の悪い方だったな。人と友人になれるなどと。」
「そうじゃ、主様はちょっと阿呆じゃった。……まあ飲め。」
「あっ……ありがとう……ねぇ、この辺で黒猫を見なかった?」
「ああ見たぞ」
「俺も」
「ほ、本当!?それでどこに……「諸君っ!!」 

黒ニャンコを見たと言う妖達に猫の居場所を尋ねようとした矢先、妖達のリーダーと思われる大きな妖が大声を上げた。
皆、一斉にその妖へと視線を向ける。

「そろそろ例のことについて話し合おうか。ついに憎っくき人間共が主様を封じた場所がわかった!今こそ仕返しの時だ!主様は下等な我々に瘴気深いこの森で生きていく妖気を分け与えて下さった大恩人!今宵夜襲をかける!人間など畏れるな!皆で一斉に掛かれば他愛もない!!」
「――!?夜襲?人間を恐れるなって……どう言うこと!?」
「家畜を襲う主様はやがて人間共に封印されたのか、姿が見えなくなったのさ。最近ついに封印された場所がわかった。」
「――!それで家人を襲うと言うの!?人を襲う必要はないでしょう!?」

慌てる彩乃の言葉にニャンコ先生は言う。

「必要はないが、あの飲みっぷりでは何を仕出かすかわからんぞ。」
「――っ!」
「あっ!おい彩乃、妙なお節介するんじゃないぞ。この数、やすやすとは止められん。」
「そうそう、お止しなさいな。何になるってんです?知りもしない連中のために。所詮如きに出来ることなどたかが知れている。」
「……そうだね。けど、私にはあなた達が見えるよ。言葉を交わすことも出来る。あなた達妖の声に耳を傾ける事が出来るこの力は……何かの力になったりしないだろうか。」
「……お前はレイコとは違うんだね。」
「え?……あっ!」

紅峰が何か呟いたのをもう一度聞き返そうとすると、視界の端にあの黒猫を見つけて彩乃は思わず声を上げた。

「いたっ!!」
ビクッ!
「あっ!待って!!」
「夏目!」

彩乃が思わず大きな声を出してしまうと、黒猫は驚いて逃げてしまった。
それを彩乃は慌てて追い掛ける。
残された紅峰と先生が何を話していたかなど、彩乃は知る由もなかった…

「……よくわからないガキだ。どこが気に入ったんです?」
「別に気に入った訳じゃないさ。私が興味があるのは『友人帳』」
「ならばさっさと喰ってしまえばいい。」
「……いい暇潰しになる。人の子の一生など、あっという間だからな。」
「……」
「呆気ないほど、あっという間さ。」

どこか寂しそうにそう呟く斑を、紅峰は静かな眼差しでじっと見つめていた。
斑の考えていることなど、彼自身にしかわからない。
――いや、もしかしたら、斑自身ですら……自分の本当の気持ちには気付いていないのかもしれない。

- 85 -
TOP