第77話「名取の訪問」

「今度の連休暇かい?」
「いいえ。」
「温泉、好きかい?」
「さあ」
「一緒に行かないかい?温泉旅行。」
「……はっ!?」

突然家にやってきた名取と自分の部屋でお茶を啜りながら、やる気のない返事を返していた彩乃。
しかし、名取の思わぬ誘いに彩乃は動揺して素っ頓狂な声を上げてしまった。
そんな彩乃の様子にニコニコと何を考えているのかわかりずらい笑顔を浮かべて名取は言う。

「芳香剤の懸賞で当たったんだ。温泉宿泊券。」
「へ、へえ……でも何で私なんです?女性でも誘ったらいいじゃないですか。」
「やだな彩乃。君だって女性だろ?」
「……恋人とか大人の女性です。」
「そんなのいないさ。それにうちの事務所恋愛禁止だし。」
「……私も一応女なんですが。」
「彩乃は妹みたいなものだし、友人じゃないか。」
「……女子中学生と人気俳優が二人で温泉旅行なんて、マスコミのいいネタにされませんか?ロリコン疑惑とか、犯罪的な意味で。」
「はは、ちゃんと変装していくから大丈夫さ。」
「……」
「毎度何となくうっさん臭い男だな。彩乃、そのガキ喰ってやろうか?」
「……男友達だっているでしょうに。」
「……いや……同じ風景が見える友人は君だけだよ。」
「……っ」

ずるい。
そう彩乃は思った。

(……そんな風に言われたら断れないじゃない。)

幼い頃から妖が見えるせいで、自分と同じように人から気味悪がられてきた名取さん。
妖が見える者同士の苦労や、それを共感し合える者がいるという喜びを知っているからこそ、そんな風に言われてしまっては彩乃はこれ以上断ることが出来なくなってしまった。

「……私、旅行とかしたことないんです。」
「親御さんには私から話そう。そうだ。その旅館、ペットも可だよ。」
「何ー!?行くぞ彩乃!卵卵!温泉卵!!」
「……(このアホ猫は……)」

毎度のことながら食べ物に釣られ過ぎだと呆れてものも言えない彩乃だった。

「まあ旅行?素敵!」
「……行ってもいいですか?」
「もちろんよ!こんなにしっかりしたお友達と一緒なら安心ね!」
「……そうですかね?」
「明日迎えに来ます。」

大人の男性と中学生の少女が二人っきりで旅行に行くと言っても、塔子さんはいつものようにニコニコと笑顔でそれを承諾してくれた。
普通の親ならそこは絶対に許さないのだろうが、ほんわかした塔子さんだからだろうか、名取さんに対する信頼度が半端なかった。

「ふふ、彩乃ちゃんいつも遠慮ばかりしてるから、何だか嬉しいわ。ゆっくり楽しんでいらっしゃい。」
「……お土産買ってきます。」
「ふふ」

自分の我が儘を本当にうれしそうに喜んでくれる塔子に、彩乃は妙に気恥ずかしくなって照れてしまう。
思わず頬を染めて目を逸らすと、塔子は嬉しそうに微笑むのだった。

――こうして、二人と一匹の一泊二日の温泉旅行は始まった。
……筈だったのだが……

「彩乃先輩の後輩で奴良リクオといいます。」
「同じく親戚の及川氷麗です。」
「「今日はよろしくお願いしまーす!!」」
「……随分大人数になったね。」
「……あはは」

温泉旅行当日。
何故か待ち合わせ場所にリクオと氷麗を連れてやって来た彩乃。
それに名取は頬を引き攣らせて笑い、彩乃も苦笑するしかなかったのだった。

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