上級天使 イザヤール


「よくやった、我が弟子アリスよ───と、こう呼ぶのもこれが最後か」
小さなウォルロ村全体を見渡すように村の上空に二人の天使が浮かんでいた。
今日から正式にウォルロ村の守護天使となるアリスと、アリスに守護天使の座を引き渡したイザヤールであった。
「私に代わってウォルロ村を任せた時はずいぶ……少々不安ではあったが……。お前の働きにより村人たちも安心して暮らしているようだ。立派に役目を引き継いでくれて、このイザヤール、師としてこれ以上の喜びは無い」
「いや師匠思いっきり本音言ってましたよね」
イザヤールは少々どころでないただならぬ不安をアリスに感じていたようだ。誰だってそうだろう。そんなに心配になるくらいなら守護天使なんて引き継がせるなよ、と思うアリスである。

守護天使として今日アリスがしたことと言えば、馬の糞を掃除する、お婆さんが紛失した指輪をこっそりポケットに入れる、村長のボラ吹き息子に軽く天罰を与えるという誰にでも出来ることだけだった。いつもは厳しい師匠なのに、今日は五割増しでアリスを褒め称えている。怪しい。そんなに守護天使の任務が嫌だったのだろうか。

「ところでアリス、一つ言い忘れたことがあったのだが」
イザヤールはこれから世界中を回るらしい。一体何の目的故のことなのかはアリスには分からない。

「生きている人間を助けることも天使の使命だが、もう一つ! 死してなお地上をさ迷っている魂を救うことも天使である私達の使命――お前にも聞こえるだろう、この村のいずこからか救いを求める魂の声が」
威風堂々たる態度でイザヤールが天使の使命を語った。
言われた瞬間、アリスの心臓がばくばくと強く打つ。しまった、とアリスは心の中で呟いた。
「あ、やっべ忘れてた」
耳を澄ませば魂の嘆きが聞こえる。これは生きている者のものではない。

「てか、師匠それ一時間くらい前に言いましたよね。三回くらい念を押して言いましたよね。言い忘れだなんてもんじゃないですよね」
アリスは師匠に突っ込むが、内心師匠の言動には疑惑しかなかった。

なぜ師匠はここまでアリスを持ち上げるのだろう。いつもなら師匠からの話を忘れて死者の魂を救わず任務を終わらせるなど言語道断だと怒るのに。

しかし考えても分からないことなのでアリスは声の聞こえる方へ向かう。天使の救いを与えるために。


それが、全ての始まりだとも気づかずに。


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