04

フリアイの案内で着いたルディアノ王国はすでに廃墟となっていた。人間界にはこういった廃墟ですら風流だと言って観光地として訪れる物好きがいるらしいが、そんな物好きでもこのルディアノには来ないだろう。こんなあちこちに毒の沼地が泡を立てているようなやばそうな場所になど。
一応城としての形は保っているが、相当前に滅びたのだろう。建物の風化がかなり進行していた。

「そのイシュダルってやつ、こんな趣味の悪い場所で暮らしてるとかありえねー」
ルディアノはすでに魔物の巣となっていた。
「はあ。ジョセフがいれば楽なんだけどな。あいつどこ行った」
「ソナお婆ちゃんに捕まったの見たよ。ソナお婆ちゃん、優しいんだけど、話しが長いのがたまに傷なの。多分今日はずっと話し相手にされてると思う」
人は年を取るとお喋りになるのだろうか。そう言えばオムイ長老もよく冗談を言ってイザヤールを困り顔にさせていた。そのあたりは人間も天使も変わらないのかもしれない。
「ちょっとこの辺で休んで行くか?」
あちこちから湧いてくる魔物を相手にしながら廃墟を歩くのは思った以上に体に負担がかかる。ジョセフがいない以上、前線で戦うのはフリアイだ。いつまた呪いの発作が現れるか分からない。そんな思い出の提案だったのだが。
「あら、私は大丈夫よ?アデリーヌが定期的に回復魔法をかけてくれるおかげで」
フリアイの体を考慮してか、アデリーヌはちょこちょこ回復魔法をフリアイにかけていた。アデリーヌの厚意もあってか、フリアイの顔色は悪くない。
「で、でもよ!アデリーヌも歩き疲れただろ。な?」
「ううん。あたしは大丈夫だよ!レオコーンさんのこともあるし、早く行こう?」
満面の笑みで答えるアデリーヌ。見た目以上に体力があるらしい。

「アラン。あなたもしかして」
「ああそうさ!俺が疲れたんだ!10分……いや、5分でいいから休ませてくれ!!」
もはややけくそである。
「もー、疲れたんなら早く言ってくれたらいいのに!ほら、そこにベッドあるし、そこで休みなよ」
アデリーヌが指さす先には埃、土、その他諸々を被ったベッドがあった。衛生的に遠慮したい。
「あんなきたねーベッドで休みたくねーよ!って、あれ?」
思わず声を荒げてしまうアランであったが、ベッドの近くに人影が見えたような気がして、目を擦った。
人影は一瞬で消えたのだが変わりにアランが見つけたものは。
「肖像画か?」
城自体、薄暗く視界が悪い上に肖像画も長い間放置されていたのか、近くに行かないとよく見えない。

「これ、フィオーネ姫?でも、どうして?フィオーネ姫はルディアノにはいないはずじゃ……」
アデリーヌが言う。
美しく華やかな女性が絵の中にいる。彼女はフィオーネ姫だった。

「違うわ。彼女はメリア姫よ。レオコーンがフィオーネ姫を見間違えるのも分かるわ。そっくり」
肖像画の中のメリア姫はまるでドッペルゲンガーのごとくフィオーネ姫にそっくりだった。





「ククク、バカな男……。あの大地震のせいで私の呪いは解けてしまったけど……いいわ、もう一度かけてあげる。二人きりの闇の世界に誘うあの呪いをね……」
「おのれ……イシュダル……!!」
ルディアノ城王権の間にたどり着いたアランたちを待っていたのは、王族の椅子に腰をかける女悪魔とレオコーンだった。
あの女悪魔がイシュダルだろう。レオコーンを破り、フリアイに呪いをかけた張本人。
触れたら怪我をしてしまいそうな、そんな危なさを秘めた美しい悪魔だった。

「やっと見つけたわ……。イシュダル!!」
フリアイがイシュダルとレオコーンの間に入る。
突然現れたフリアイにイシュダルは首を傾げた。
「あなた、誰?」
「私の正体なんて、どうでもいいでしょう。だってあなたは私に倒されるんですもの。そして私は呪いから解放される……」
フリアイの言葉に合点がいったのか、納得したような仕草をイシュダルが見せた。
「そうか、お前、レオコーンの二の舞になった魔導士一族の末裔だな?!」
「あいにくだけど、私は魔法なんかに頼らないで自分の力で戦う道を選んだのよ」
「ふん、いいだろう。お前にもレオコーンと同じ呪いをかけてやろう!」
イシュダルが腕を振り上げた。
このままではフリアイもレオコーンと同じく呪いで動けなくなってしまう。アデリーヌは思わず手で顔を覆い、アランはフリアイを庇うべくフリアイとイシュダルの間に入った。

「アラン……。あなた……」
「馬鹿な!!人であるなら呪いが効くはず……。そうか、お前は……」
イシュダルにはアランの正体が勘付かれてしまったようだ。フリアイやアデリーヌには出来ることなら明かしたくない。
しかし、イシュダルはアランの正体を喋るつもりはないらしい。アランは安心した。

「ねえ、アラン。助けてくれたついでにもう一つお願いがあるのだけど」
「いいぜ。デート一回で聞いてやる」
「イシュダルは私たちに任せてくれないかしら?」
フリアイはレオコーンの元に駆け寄った。イシュダルの呪いでレオコーンは苦しみもがいている。

「レオコーン!!ルディアノ王国の人間として、私たちの力でイシュダルを倒すのよ!!呪いなんかに負けないで!!ルディアノをこんな姿にした悪魔を、今度こそ倒すの!!」
フリアイの声が届いたのか、レオコーンが顔をあげた。
どうやら今回はアランの出る幕でなはいようだ。アランはアデリーヌを連れて部屋の隅へ移動した。
「いいの、アラン」
「ルディアノのことはルディアノのやつで解決すればいいさ。なに、やばそうになったらアデリーヌがべホイミをかけてやるんだ」
「分かった」
フリアイの激励により、レオコーンはゆっくりと立ち上がった。
自分達の手でけりを付けるために。





イシュダルは倒れた。フリアイとレオコーンの手で。
レオコーンがかけられた呪いも、フリアイがかけられた呪いもイジュダル本人を倒したことで自動的に解除された。

しかし。


「フリアイと言ったわね……。最後にとびっきりの呪いをかけてあげる」

フリアイがこれまで培ってきた職業人としての経験。それらをイシュダルは全て消去してしまった。

「どうやらあなた、かなり強引なやり方でパラディンになったみたいだけど」

ーーーもう二度とパラディンにはなれないわ

イシュダルは高らかに笑う。
職というものは冒険者に与えられた戦うための力だ。戦士だって、魔法使いだって、僧侶だって、職の力を授かったものだ。
パラディンのような、誰にでもなれるわけではない職は、その職に就くための正規のルートを辿らなければならない。いくつか方法はあるが、いくつかの基本職を熟練させた上でダーマ神殿に赴いて転職をするのが、最も簡単で確実な方法だ。

「あぁ、確かに弱くなった感じはするわ」
外見上は何も変化がないが、フリアイは自分自身に起きた変化を実感していた。
パラディンとしての経験を失った今、寿命の呪いが解けて万全の状態であったとしても、もう一度イシュダルと戦うことになったとして、フリアイでは倒すことはできないだろう。

「あなたのいう通り、私は武闘家と僧侶の職を熟練させた上で転職したわけじゃないし、きっと私には僧侶を熟練させることはできない」
フリアイはこれまで愛用してきた槍に力を込めた。この槍ともお別れだ。

「でも、そんなこと関係ないわ。また強くなればいいだけの話よ。呪いが解けたおかげで、時間はたっぷりあるだもの」
フリアイは絶望しない。なぜなら、彼女の絶望は、既に終わっていたからだ。
フリアイはイシュダルの心臓をめがけて槍を振り下ろした。





愛するメリア姫はもういない。流れて行く時こそ、イシュダルがレオコーンに残したもう一つの最後の呪い。
「メリア姫……」
呪術だけではない。イシュダルが紡ぐ言葉そのものが、呪いなのだ。
「そなたの手まで借りようやくルディアノへ辿り着いたと言うのに……。時の流れと共に王国は滅び、私の帰りを待っていたはずのメリア姫ももういない……。私は……戻ってくるのが遅すぎた……」
死者を生き返らせることは出来ない。道を究めた僧侶や賢者であれば死者蘇生の呪文を使えるが、メリア姫の肉体はとっくの昔に滅びている。
このままではイシュダルの言う通り、レオコーンは永遠の時の中を絶望で彷徨い続けるだろう。

「遅くなどありません」
その時、王権の間に新たな影が見えた。
「メリア姫……」
フィオーネ姫にそっくりな女性。けれど、フィオーネ姫と違うのは。
「その首飾り……。まさか!」
メリア姫はレオコーンの元へ歩み寄る。
「ねえ、アラン。こういうのを奇跡って言うんだろうね。いいなぁ。あたしにも、奇跡、起こらないかな」





結局あのメリア姫の正体はフィオーネ姫であったが、アランは寝室で見た人影が気になったので、フリアイとアデリーヌに先に帰ってもらうことにした。

「何か気になることでもあった?」
サンディが姿を現す。サンディの存在はアランしか知らないからサンディも出てくるタイミングをうかがっていたのだろうか。
「多分、俺がさっき見たのはメリア姫の霊なんだ。ほら」
そこにはフィオーネ姫にそっくりな幽霊がいた。
「ボンジュール、マドモアゼル」
「私のことが見えるのですね」
何かを我慢しているようなメリア姫の顔が切ない。
「メリア姫はあれで良かったのか?」
「ふふふ、いいんですよ。私のことを気にかけてくださってありがとうございます」
「レオコーンだって幽霊みたいなもんだったんだ。メリア姫の姿だって見えたはずだ……」
きっと、メリア姫はずっと信じていたのだ。レオコーンのことを。
あそこでメリア姫が姿を見せれば、彼と踊ったのはメリア姫自身だったに違いないのに。
「フィオーネが私の思いを受け継いでくれました。だから、私もようやく救われたのです。長い長い、時の呪縛から。私の心もレオコーンの心も、フィオーネが救ってくれました。だから、私は満足です。どうか、フィオーネに会ったらよろしく言ってくださいね」
それだけ言うと、メリア姫は消えてしまった。

Honey au Lait