すたみな・ぐれい


 リディアと共に女神の果実を探す旅に出た頃、何度かインテの家に赴いたことはあったが、彼の家が集合住宅区にあるということもあって、どこにあるのかログは思い出せなかった。だが、他にお国様へ税を納める方法を聞けるような人物は思い浮かばず、結局、ログは "インテの職場であるセントシュタイン城で待ち伏せする" という手段を取ることにした。

「男に待ち伏せされる趣味は持ち合わせていないんだがな」
「まぁまぁ細けえこたぁ気にすんなって!あれか?嬢ちゃんだって期待したか?」
「何の用だ」
 ログの冷やかしを華麗にスルーするインテ。インテのこういうムカつくところは悲しいほど変わっていないようだった。

「いやぁ、お前に聞きたいことがあるんだよ」
「それは俺の仕事終わりを待ち伏せしてまで聞く必要があることなのか」
 これは後から知ったことなのだが、お城勤めには当然ながら、夜の当番もあるわけで、仮にインテの今日の勤務が当直であればログは明け方まで待たなければならなかったし、逆に休暇だった場合は、これまた翌日まで待つ必要があった。日をまたがずにインテに会えたのは日頃の行いの良さのおかげだろう。

「そりゃあもうありまくりだもんよ!ってなわけで、さっそくお前の家に行こうぜ!」
「別に構わないが、カフェ・オ・レくらいしか出せるものがないぞ」
「食材買ってくれたら俺が作ってやるから、安心してくれ!」
「はぁ……」
 微妙に会話として成り立っていないこととそれに対してインテがもはや諦めてため息をついたことにログは気付かなかった。むしろ、食事を提供するという気の利かせができる自分がすごいと思った。
 どことなくインテが疲労のたまった仕事人のように見えたので、スタミナのつく料理でも作ってやるか、とログは考えた。



◇   ◆   ◇





 スタミナのつく料理といえば、やはり定番なのが肉をふんだんに使ったもので、とりあえず色々な食材を詰め込める丼物を作ろうかと考えたが、男の一人暮らしをたしなむインテが普段作る料理が丼物だというので、ログは一人暮らしの男が普段作らないような料理を提供することにした。
 ログが「なんか、お前疲れてる?」と尋ねると、インテはナザム村に派遣されていたようで、今日ようやくセントシュタインへと戻って来たのだと説明してくれた。どうしてナザム村に派遣されていたのかまでは教えてもらえなかったが(一般市民には言えないことなのだろうか)、どうも城もバタバタしているらしい。もしかするとログがギャンブル船に滞在している間に勝手に取り決められた増税と関係あるのかもしれない。いつだってお国様は民の血税を無駄なことに使うものだ(そのいい例がグビアナの女王だった)。
 長期に渡る出張でお疲れのところでもインテはログが家にあがることを拒まなかった。それもこれも、全ては自分の人脈の成す技である、と、有無を言わせずに家に上がり込んだことは記憶から抹殺したログは結論つけた。

「で、結局お前の用はなんだ?俺にスタミナ料理を作って餌付けするために来たわけではないんだろう」
「あー、それがさ、お前に聞きたいことがあるもんよ」

 ログは店を立てる資金が貯まったので(めんどくさい説教が待っていそうだったのでギャンブル船で資金を得たことは黙っておいた)セントシュタインに自分の店を作りたいと思っていること、資金はあるが税金をどうやって支払うのか分からないこと、そもそも店を持つにあたってどれだけの税がかかるのか分からないことを告げた。
 インテはログの話をケーキを食べながら聞いていた。
「お前の聞きたいことは分かった。俺もただの一般兵だから税務官に比べたら詳しい知識もないが、その前に少し質問だ。お前、確か家族はいないと言っていたな」
 ログは子どもの頃、家族と死に別れてしまったし、配偶者もいない。盗賊仲間や牢獄で臭い飯を食い合った仲間ならいるが、彼らは言ってしまえば赤の他人だ。
「そうだけど、それがどうしたってんだ」
「家族がいない、それはすなわちお前はこれまで自分自身で税金を納める義務があったはずで、少なくとも税金をどのように支払うのか、そのシステムは把握しているはずだ。それがこの年になって未だに税金を払う仕組みを知らないとなると……」
「あー、お前みたいな頭の切れる奴って最高に面倒だぜ」
 これは相談する相手を間違えたやつだな、とログは密かに後悔した。
 インテはさらに話を続ける。

「お前がこれまで税金を納めていないとすると、当然店を持つ前に滞納した税金を払ってもらわなければならないからな。お前がいつから税を滞納していたのか、一体資金がいくらあるのかは知らないが、滞納分の税と合わせるとかなりの額になると思うぞ」
「嘘だろ〜。おい、ここは一緒に女神の果実を探したよしみでこれまでの滞納分は見逃してくれよ〜。これからしっかり納税すっからよ〜」
 このままでは店を持つなど夢のまた夢だ。ログはあゆとあらゆるプライドを捨ててインテに泣きついた。
「ガナン帝国でお前を嬢ちゃんと合わせるために俺が体はってやっただろ〜。お前はその恩を忘れたって言うのか〜??」
「ああそうだな。その件に関しては個人的に物凄く感謝しているよ。だが、それとこれとは別だ。お前がどれだけいい行いをしようが税金の埋め合わせにはならない」
「非常……!無情……!」
 こんなのあんまりだ。ログはショックのあまり、男泣きをしてしまった。
 ひとしきり男の涙を流したあとで、スッキリしたログはひらめいた。

「そもそもセントシュタインで店を開こうってのが過ち……!善良な市民から税金をふんだくる国で店を開く必要もないっ……!ベクセリアあたりで店を開くか〜。ベクセリアだったら嬢ちゃんに常連一号になってもらえばいいしよ」
 ベクセリアで暮らすにあたり、どれだけの税金がかかるのか知らないが、少なくともこれまでの滞納税を払ってセントシュタインで店を開くよりはお得であろう。
 ちなみに、なぜベクセリアかというと、特にこれといった意味もなく、単純に今いるセントシュタインから一番近い街であるからだ。
「それはだめだ」
「え、なんでだよ」
 ログとしては深い意味もなく適当な発言であったが、インテがすかさず拒否してきて最初は意味が分からなかったが、ログは察しが良いのですぐに分かった。

「あー!お前あれか、自分以外の男が嬢ちゃんのそばにいるのがつまんないんだろ!俺には丸っとお見通しだぜ!」


 ーーー結局。
 ログの当初の問題である税金に関して何の解決もせず、また振り出しに戻ってしまったのである。
Honey au Lait