夢を追う男
―――新ガナン歴314年5月中旬
「ほあちょー!!」
自然あふれる草原で草を無視っていた草食動物(草食動物といってもその辺の肉食動物よりも巨大な体だ)に向かって飛び膝蹴りをかませば、動物はバランスを崩して地面に倒れた。倒れた瞬間、動物の体重で地響きがした。
「今日はいい食材をゲットできたぜ!」
パチパチ。パチパチ。
肉が燃えるたびに食欲をそそる匂いがただよう。食べごろになるまでにはもう少し時間がかかるが、ログは早くもこの肉のうまさを堪能したくてたまらなくなった。
ログ・グレイ28歳。未だに定職を得ず、自分で食料を求め、生きる日々を過ごしていた。
ログが職についていないのは別にニート生活を送りたいからではない。ログには自分のレストランを持つという大変ロマンチックな男の夢がある。
しかし、現実は甘くない。
「つーかさ、なーんで店持つのに金がかかるんだ?」
ログはその日暮らしを続けていたため、貯金はない。たまに珍しい食材を市場に持って行ってお金を得ているが、食費以外の生活費へと消えてしまう。
「あー、食った食った。余った肉はいつもの市場のあんちゃんとこに持っていくか」
死にたてほやほやの肉は市場でそれなりの値段で売れる。得たお金で今日は服を洗濯しよう。
ログは肉をかついでセントシュタインの城下町へと向かった。
「あ、ログの兄貴!」
「お久しぶりっすね!」
「あー!!お前ら元気だったか?!」
市場で肉をお金に換え、洗濯に必要な材料が売ってある店に向かっていると、カデスの牢獄で共にマズイ飯を食べた囚人仲間のマダマルとウタマロとばったり出くわした。
「お前らセントシュタインにいたんだな!」
共にマズイ飯を食べた仲間との久しぶりの再会に、ログは子供のようにはしゃいだ。
「そーなんす!そうそう、ログの兄貴知ってるか?」
「最近、新しいカフェがオープンしたんすけど、そこのオーナーがとても可愛いレディで!」
マダマルとウタマロはせっかくだから一緒にカフェへ行かないか、とログを誘った。
「いやぁ、誘ってくれるのは嬉しいけどよ、俺、カフェって柄じゃないからなぁ」
それこそ、リディアであれば喜んで誘いに乗っただろう。さて、リディアは元気に過ごしているだろうか。
「いやいや、店のねーちゃんほんと可愛いから、行かなきゃ損!すよ!」
「それに、お店もオシャレで」
女性が好みそうな店は自分には心底似合わないし、話を聞けば聞くほど行かないほうがいい気がする。それに、お店を持ちたくて仕方のない自分が最近オープンしたとかいう店に行けば、嫉妬心でどうにかなりそうだ。
(いや待てよ)
(その店を開いた姉ちゃんからどうやって店の開発資金を貯めたか聞いてみるっつーのも一つの手だ!)
店を開くことに成功した者から話を聞けば、何かいいアイデアが浮かぶかもしれない。
「よし、分かったもんよ!俺も行くぜ!」
◇ ◆ ◇
「いらっしゃいませ」
プレートには『カフェ・ステラ』と書かれており、店の名前から予測される期待を裏切らない装飾が店内には施されている。それほど広いわけではないが、おかげでゆったりとした時間を過ごせるのだとウタマロが言う。ログたちの他にも数名客が来ていた。ほとんどが女性か、男性だとしても女性を連れている。恋人同士なのだろう。
「ご注文は何にされますか?」
ログたちはカウンター席に案内され(マダマルとウタマロの特等席と化していると二人は語る)、この店のオーナーらしき女性からメニュー表を受け取った。
「いやだなぁユマさん。僕はもうカフェ・ステラのメニューは知り尽くしているから、今さらメニュー表は必要ないよ」
「僕も同じく!」
「あらあら、それは嬉しいわ」
この店の雰囲気によく似た、ゆったりとした女性だ。亜麻色の腰より少し上まで伸ばされた髪は、彼女が動くたびにさらさらと揺れる。
「そちらの方は……?」
ユマと呼ばれた女性がログの方を見る。
「前に僕たちが魔物の国で奴隷にされたって話をしましたよね。その時一緒にマズイ飯を食べた仲間です。言ってみれば奴隷仲間ってやつ?」
「ログの兄貴は男の中の男なんですよ!ま、ユマさんに相応しい男はこの僕ですけどね」
マダマルとウタマロはユマにデレデレだった。二人ともカデスにいた頃はこんな性格ではなかったはずだ。
二人が惚れるのもうなずけるくらいにはユマは綺麗な女性だった。ただ、ログの好みからは少し外れているが。
「まぁ、そうだったの……!あなたも大変な人生を送ってきたんですね。ええ、と、魔物から解放されて出身のセントシュタインに戻ってきた……みたいな感じでしょうか」
「うーん、まあそんなもんかな。俺、いつか自分の店を持つのが夢でよ」
ガナン帝国は険しい山々に囲まれている地に建国されたおかげで、地理的に孤立している状態だ。ルディアノですら忘れ去られているのだ、地理的に孤立したガナン帝国のことを知っている現代人はほぼいないし、そんな魔帝国で奴隷にされていたなどという話を聞かされても、普通の人なら信じない。しかし、どうもユマは二人の話を信じているようだった。
「まぁ……!だったらうちのライバルがまた一店増えるのね」
「そうだといいんだけどなぁ。店持つには金かかるもんよ。嬢ちゃんはその辺はどうやってやりくりしたんだ?」
「私?知り合いのおじいさんがお店を畳むからって譲ってくださったの」
「な、なんだってー?!」
つまり、ユマはほぼタダで開店までこぎつけたというわけだ。なんてこったい、全然役に立たないではないか。
「そ、そうなんか……。そうだ、このシュタインコーヒーを一杯」
「かしこまりました」
「僕はいつものでお願いしますね。マダマルもいつものだろ?」
ウタマロの言葉にマダマルは「もちろん」と答えた。
マダマルもウタマロも相当この店(というよりユマ)を気に入っているようだ。もう『いつもの』まで決まっているらしい。
二人ともユマへの好意をかなりオープンにしているが、肝心のユマには届いていないようだった。かわいそうに。
「お待たせしました。お砂糖とミルクはお好みの量で楽しんでくださいね」
「ユマさんありがとう!ああ、ユマさんが僕のために入れてくれたココア……」
「ユマさんの思いがレモネードを美味しくさせる……」
マダマルとウタマロは運ばれてきた飲み物にうっとりしている。いい年した男が恥ずかしい。
ログは大量の砂糖をコーヒーに入れた。匂いで分かる。このコーヒーは美味しい。
(はぁ。やっぱ地道にお金を稼ぐしかないのか……。一気にお金稼げる方法はどこにあるんだ……)
(お金を楽に稼ぐ方法……。金持ちの依頼人からクエストを引き受ける……。いや、俺は金持ちが嫌いだ……。それならギャンブルか……?うーん、金持ちから依頼されるよりはマシだな……)
ログはギャンブルに手を出すことに決めた。そうなればまず、今どこの勢力が力を持っているのか、参加する人間の特徴、その他諸々を徹底的に調査しなければならない。
(よし……!俺はやるぞ……!ギャンブルでお金を得る……!)
ログはコーヒーを口に入れた。大量の砂糖を入れたコーヒーは、それでも苦味があった。
◇ ◆ ◇
―――新ガナン歴314年6月下旬
セントシュタインでは新たに店を立てる際、国王から許可をもらわなければならない。
「ログの兄貴、知ってるっすか?」
「何を?」
「兄貴が国を出ている間に、国王様から新しい御触れが出されたんすよ」
カフェ・ステラの店内でむさくるしい男三名でカウンター席を占領する。
なんやかんやでログもこの店を気に入ったのだ。
「御触れぇ?」
「そう。まあちょっとした増税っすね」
「な、なんだってそれは本当か?!」
『増税』という言葉にログはビックリしてコーヒーをこぼしてしまった。ユマがすぐにふきんをもってきてくれる。
ログは生まれてこの方、お国さまに税を納めたことがない。企業秘密な方法で脱税し続けた。しかし、流石に自分の店を持つとなれば脱税するわけにもいかない。どうしたものか。
「そうなの。税金が上がっちゃって、ちょっと大変なのよ……」
ユマも困ったように言う。
せっかくギャンブルでお金を得たというのに、なぜ国は今になって増税など決めたのだろう。それ以前にお店を持つとなった時、ログはどれだけの税をお国さまへ納めればいいのだろう。脱税の方法は知っていても、税を納める行為をログは知らなかった。
「うーん、これは一度土地主と契約書を交わす前にインテに色々聞いてみっか」
パリン。
ログが中身をこぼしたことにより空っぽになったコップを、ユマは床に落とした。
「大丈夫か?」
「え、ええ……。びっくりさせてごめんなさいね」
ユマは力なく笑う。体調でも悪いのかとマダマルとウタマロは心配するが、ユマは「何でもない」と言った。