なまえがセッちゃんと付き合うことになった。

「へえ、良かったね〜」
「なんだか軽いね」

 もう少しくらい喜んでくれると思った、とピアノの前に座るなまえはふくれっ面を見せる。その表情が面白くて、思わず頬を引っ張った。報告を受けたのは今日が初めて、けれどセッちゃんからは聞いていたからもう大分前から知っていたことになる。

「いひゃっ」
「今日はセッちゃんに会いに学校来たの?」

 あの一件以降、アイドル復帰を果たしたなまえは毎日というくらいテレビに出ている。仕事がない日はないというくらい忙しいらしい。だから、こうやって2人で会うのも久しぶり。最近のなまえは、セッちゃんばかりだったしね。
 痛いと俺の手を叩くものだから、俺は手の力を緩める。まだ痛みが残るのか、なまえは顔を少し歪ませた。

「違うよ、今日は久しぶりに凛月くんとピアノを弾きたくて」

 少し目に涙を浮かべつつなまえは俺を見る。セッちゃんじゃなくて俺に会いに来たというなまえは、泉くんに見られたら怒られるかなあ、なんて照れながら呟いた。そんななまえが綺麗で、少し見惚れる。セッちゃん、ずるいなあ。

「久しぶりにKnightsの曲が弾きたい」
「いいよ、付き合ってあげる〜」

 俺は、なまえを横に押しやり1人がけのピアノ椅子に無理矢理座る。ペダルに足掛け、曲を指定するとなまえは嬉しそうに笑った。

「この曲前に一緒に弾いた時、泉くんにバレたんだよねえ」
「ふうん」

 セッちゃんセッちゃんうるさいなあ……。それが嫌だった俺は黙り込んだまま鍵盤に触れ、曲のイントロを弾き出す。慌ててなまえも俺に合わせるようにピアノを弾き始めた。
 別にいいんだ、なまえがセッちゃんの話ばっかりだって。いつか、俺と一緒にピアノを弾いたりダンスをしたりすることがなくなったって。曲のイントロを終え、歌い始めのセッちゃんのパートを歌おうと息を吸う。

「あっ」

 なまえと声が重なる。セッちゃんはいないから自分が歌おう、そんな考えは一緒だったようで俺らは思わず手を止めて見合った。

「どんだけセッちゃん好きなの」
「い、いや、そういう事じゃ」

 顔を赤くして弁明しようとするなまえ。ああ、そういう顔するようになったんだ。ちょっと前まで、不安そうな表情や悲しげな表情しか見せなかったのにな。
 俺は、鍵盤に置かれたなまえの指に触れる。割れ物に触れるように、ゆっくりとその指を握った。細い指、下手したら折れてしまいそう。

「凛月くん?」

 なまえは、不思議そうに俺の名前を呼ぶ。俺はそれを無視してその指に自分の指を絡ませた。肌から伝わる温度が心地よくその温度を全身で感じたくて、俺は体もなまえに傾けた。

「あ〜あ」

 残念だなあ、多分今この瞬間もなまえはセッちゃんのことを考えて罪悪感を抱いてる。見られたらどうしよう、何て思ってるのかなあ。俺のことなんて、もう忘れちゃうんだろうな。

「凛月くん、どうしたの」
「なんでもな〜い」

 覗き込んでくるなまえを見て、ゆるりと笑う。

「なまえ」

 出来ればもう少しだけ、俺といて欲しかった。なんてわがまま言ったらだめかなあ。俺は、指を絡ませたことで繋がった手をぎゅっと握る。

「今日は甘えたがりだね」

 なまえはふにゃりと笑うと、手を握り返してくれた。あったかい。この温度、もうちょっとだけ独占しておきたい。俺は、その手を見つめてゆっくり目を閉じた。

  

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