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「みょうじさん、お願いしまーす」
「あ、はい!」

 私は、腰を上げてスタジオに早足で向かう。S3から早数ヶ月、あの後学院から処罰を下されることはなかった。その裏には、アイドル復帰について所属していた事務所から学院に直談判があったという。結果、私はアイドルへの復帰が叶った。私の道は、正しい道へと戻った。

 アイドルを復帰してからは、取材やレッスン、イベントなど予定が一気に詰まり、多忙な毎日だ。休みのない私の体は、嬉しい悲鳴をあげている。その代償として、学院に通える時間が愕然と減った。プロデュースのお手伝いも、手をつけられない状態。卒業まではプロデュースも両立したい、なんて言っていたけれど私はそこまで器用じゃなかったみたい。

時折、泉くんから連絡が来る。それは本当素っ気ない内容で、今何してるの、とか、テレビみた、とか他愛のないこと。気づくたびにすぐ返信しているのだけど、彼のことはあまり聞けていない。みんな、学校で何してるのだろう。泉くんは元気かなあ。ちょっと思うだけで恋しくなる自分がいた。

「わっ、寒い」

 仕事を終えて最寄り駅からの帰り道、秋にしては寒い空気が一気に私を襲った。思わず自分の身体を抱いて、家路へ向かう。イヤホンから流れる音楽は、Knightsの曲。ふとした時に聴きたくなることから、プレイヤーには全曲入っている。凛月くんの歌声や嵐くんの歌声、司くん、そして泉くんの歌声が響く。特に耳に残るのは、泉くんの歌声。泉くんに会いたい。そんなことを思いながら歩いていると、家の近くに人影が見えた。

「泉くん?」
「遅いんだけどぉ」

 マフラーを巻いて、ポケットに手を突っ込んで立っていた泉くん。会いたいなんて思っていた矢先、本人がいるものだからちょっとびっくりしてしまった。それにしても、約束でもしただろうか。いや、そんな事より今は会えた事が素直に嬉しい。私は小走りに泉くんの元に駆け寄った。近くに来て改めて泉くんの顔を見る。久しぶりの泉くん、衣替えしたからか何なのか少し大人びたように見えた。泉くんは、私を見るとお疲れ、と小さく呟いた。

「お、お疲れ」
「……あんたさ、俺に話すことないの」

 少し間を置いて、泉くんは言う。私は、その言葉の意味が分からず首を傾げてしまう。その行動を見た泉くんが、眉を少し顰めたものだから私は必死に頭を回転させた。

「あ、あっ、S3前の」

 思い出した。私は、泉くんに伝えてたいことがあったんだ。仕事に追われすぎて、そんなことさえ忘れかけていた。言わなければいけないと思ったこと、そして言うにはまとめておかなければ、と思っていたこと。

「あの、さ、私、S3の時、泉くんのファンが泉くんを褒めているのを聞いたんだ」

 私は、ゆっくりと口を動かす。泉くんは、そんな私の話を真剣に聞いてくれているようで、首だけ動かして頷く。

「その時嬉しいって思うと同時に、ファンに嫉妬してしまう自分がいた。その時恥ずかしいな、って思った。独占欲強すぎるな、って」

 泉くんのことを一番好きだって言っていたファン。私は、その子達の言葉を思いだす。もしかしたら、泉くんとあの子はどこかで出会うのかもしれない。そうしたら、泉くんは私のことなんてどうでも良くなってしまうかもしれない。

「……それでも、泉くんが誰かに取られる。私じゃなくて、誰かの隣にいるという事が嫌だなって思ったの」
 
 私は、そこで口を閉ざす。そして、段々と顔が熱くなっているのを感じた。……多分、私の中で答えは決まっているのだろうけれど。それを率直に伝えるのが恥ずかしくて、泉くんのじっと見つめる目から少しだけ視線を逸らす。ああ、でもここで躊躇ってしまってはだめだ。両手に握りこぶしを作って、私は再び泉くんと目を合わせた。アクアマリンのような透き通った泉くんの瞳が、再び私を捉える。

「私、泉くんが好きだ」

 震える口を動かす。泉くんは、暫く私を見て一度目を閉じる。そしてゆっくり目を開ける。泉くんの瞳が私を捉えると、優しそうに笑った。

「遅いよ」

 そう言うと同時に、泉くんは私を抱き寄せる。香水の香りだろうか、泉くんの香りがする。私は、自分の腕を泉くんの背中に回す。初めて、自分から泉くんに触れた。そんなことを思うから、熱くなった顔が冷めてくれない。さっきより熱くなった気もする。泉くんは私をゆっくり離すと腕を掴み、目と鼻の先ほどの至近距離で顔を合わせてきた。相変わらず、顔が整っている。

「何、その顔」
「恥ずかしいから、見ないでよ」
「やだ、なまえの顔ちゃんと見たい」

 恥ずかしさから顔を逸らそうとしても、こら、と優しい声色で怒ってくる。諦めて恐る恐る泉くんを見ると、いつもの無愛想な表情とは違い優しそうな表情をしていた。あ、この顔は珍しい顔だ。嬉しくなって、私も笑う。

「ねえ、キスしていい?」

 その言葉に私は頷く。泉くんは、そんな私を見てゆっくりと唇を重ねた。ほんの一瞬、唇が重なるだけのキス。その一瞬でも、泉くんの熱が唇から伝わってくるのが分かった。今日は寒い夜、だなんてことをすっかり忘れてしまうくらい。顔を離して、もう一度見合う。あれほど苦手だなんて思っていた彼が、ここまで愛しくなるなんて思ってもいなかった。それもこれも、泉くんが私を気にかけてくれていたから。彼の世話焼きにもっと早く気づいていたら、彼をちゃんと見ていたら、もっと早く好きになっていたのかな。

「顔緩みすぎ。もっと可愛らしい顔しなよ」

 いや、そんなこと今はいい。私のタイミングはこれだったんだ。きらきらと輝く彼も大好きだし、もう辛くない。今は、彼をちゃんと見れている。私は、少し不服そうな顔をする泉くんに精一杯の笑顔を見せた。

fin.

  

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