「いや〜やっぱり酒だよね」

 寮の談話室で、私と至は缶ビールを片手に乾杯する。机に広がるのは、酒とつまみ。臣くんが作ってくれた夜食もある。いつもなら成人組みんなで飲むところだけど、今日はいづみも他のみんなも忙しいらしく至と2人だ。「酒がうめぇ」と目の前の至は、スマホ片手に床に倒れこむ。今日は土曜日、土日休みの私たちにとって土曜日の夜は最高に酒がうまい。だって、明日も休みだもん。「わかる」なんて適当な相槌を打ちながら、私も机に項垂れた。あ、ちなみにこのビールは5杯目で乾杯は5回以上してる。だから、お互いそこそこ酔ってる。

「そういえばさ、万里とはなんかあった?」
「万里?」

 顔を少し赤らめた至が、何かを思い出したかのように私に声をかける。唐突に話題に上がるあの万里。私は、「でた〜」と緩んだ口元で笑いながらビールを一口飲む。

「何もないよ、何期待してんの」
「だって毎週金曜待ってるんでしょ、こんな寒い中」

 ウケる、と至は笑う。確かに、秋ならまだしももう冬だ。こんな寒い中、万里は未だに金曜になると駐車場で待っている。息を白くしながら、私を見ると「ミキさんお疲れ〜」と笑いやがる姿を思い出す。女子高校生が冬でもミニスカートに生足を晒すかのように、男子高校生も寒さには強いのだろうか。というか、むしろ万里は女子高校生なのだろうか。私は、シラフの時より格段に遅くなった頭を回転させながら思い巡らせる。

「本当に、電車で帰った方が絶対早いのにね」

 前に本人に「電車で帰った方が早いでしょ」と言ったことがある。確か、その時の答えは「電車だと座れねえじゃん」だっけ。運転中だったからちらりとしか見ていないけれど、スマホに夢中で私なんか見ることもなく答えていた気がする。それになんかムカついたことも覚えている。

「あ、あ〜ね。電車だと座れないしね」
「え、なに、何か知ってんの」
「ん〜?」

 私が思い出していた事を、至は知っていたかのように口にする。そして、私を見て意地悪な笑みを浮かべた。「ん〜?」じゃねえよ、絶対何か聞いてんだろ。はぐらかしたことが腹たって、テーブル下にある至の足に蹴りを入れた。「いって、老体が壊れる」なんて言ってきやがったけど無視。あんた私と1歳しか変わらないだろ。それよりも、こいつは何で万里が言っていたことを知っているんだ。......確か、至と万里はゲーム仲間。私が来ない平日にでも、2人で私の悪口でも言っていたのだろうか。ムカつくな。

「万里、本当奥手すぎるの草」
「おい酔っ払い、私とちゃんと会話しろ」

 へらへらと笑いやがる至を、睨みつける。けれど、それを物ともせず至は「リア充とかマジねえわ」と私に文句を言ってきた。リア充とかじゃないから、その分類で分けると私は非リアに入る。恋愛なんてまともにしてないし、毎日家と職場を行き来するだけ。まあ、ここで経理の手伝いをし出してからは少し充実しているけれど。

「万里、私の事何か言ってるでしょ」

 そう言うと、至はむくりと起き上がり机に頬杖をつく。そして、またあのいやらしい笑みを浮かべた。酔いが回ってるからか、桃色の瞳が少し溶けているように見えた。こいつ本当顔が良いな。職場ではモテてるんだっけ。至と同じ職場の友人が、「至さんマジかっこいい。乙ゲーの主要攻略キャラ」とか言っていた気がする。その話をされる前から至を知っていたから、その子に苦笑いで応えることしかできなかったけど。

「万里だと犯罪だよ」
「だから会話成立させろっつてんの」

 私の質問に、全く答えようとしない至の頭を叩く。絶対こいつ、頭の中で勝手に会話してやがる。使えない。何が犯罪だ。私は万里に何もしていないし、送迎してあげてるんだからむしろ感謝して欲しいくらいなのに。至の言葉の意図がわからなくて、ため息が零れる。気持ち良くお酒を飲んでるのに、なんであのクソガキでもやもやしなきゃならないのだろう。まあいいや、今は話題をふってきた至のせいにしておこう。「いてー」と頭を抑える至を睨みつつ、飲みかけだったビールを飲み干す。缶の中のビールは、ちょっと温くなっていて美味しくなかった。もういい、これも至のせい。

「好きになっちゃだめだよ」

 至も同じようにビールを飲んで、私の頭を撫でる。いつの間にか嫌らしい笑みではなく、優しく笑っていた。あ、これが会社で見せる笑みか。そりゃ惚れるわ。というか、なんだか異様に顔が近い。じりじりと近づけられる顔に、変に心拍数が上がる。何こいつ、酔ってんのか。

「おいこら酔っ払い」

 その声と共に、私は後ろに引かれる。私の視界に映っていた至は、待ってましたと言わんばかりの顔。何が起きたのだろうと振り向くと、そこには万里の顔。風呂上がりなのか、髪はまだ濡れたまま。私の肩を持ちながら、至を文句ありげな顔で見ていた。

「出た」
「至さん、顔近え」

 万里は、私を自分に引き寄せながら至に威嚇する。ヤンキーの威嚇は大人の至には通じないようで、「はいはい、ごめんね」と手をひらひら振り笑っていた。それに呆れたのか、耳元でため息が聞こえる。濡れて冷たい髪の毛が、肌に当たってちょっとこそばゆい。

「ミキさん、」
「いや、近えのはお前だから」

 酔ってるから回転スピードが遅かったけれど、なんでこいつ私を後ろから抱いてんだ。何かを言いかけていたのを無視して、私は空いていた手で万里の顔面を押す。どんな表情かは忘れたけれど、見事に万里の顔面は私の指が食い込んで歪んだ。その一連の流れを見ていた至は、向こうで大爆笑。万里は私の手を掴んで顔から離すと、至を見た。

「至さんのせいッスよ」
「いや、自分のせいでしょ」

 語尾にwが連続で付いてくるくらいに、至は笑い転げる。よっぽど面白かったのだろう、イケメンの顔が台無しだ。そうやって笑い転げる至を見て、万里は「おい至さん」と反抗する。ゲームの話まで持ち出して、言い合い合戦だ。私に無関係な話まで発展したところで、眠気が襲ってくる。そういえば、呑むと眠くなるんだった。今日はよく起きていた方だな。寝る為に万里から離れようと思い体を動かそうとしたけれど、言い合いに夢中になっている万里は私を右腕で強く抱き寄せたまま。

「あー……いいや」

 万里に怒ることより、今は眠くて仕方がない。重くなってきた瞼をゆっくりと閉じ、2人の会話を聞く。2人とも話に夢中で、私なんてお構いなし。気づいたら、最近始まったゲームのイベントで盛り上がっていた。本当こいつらは、根っからのゲーマーなんだから。不意に、嗅いだことのある香りが鼻につく。あ、これ、万里の匂いだ。毎週金曜日、車に残る香り。いつもなら、これすらも万里の主張が激しいと文句を言ってしまうところだけど、今日はそんな気力もなかった。というか、心地よくて眠いや。

「神イベじゃん」
「やっべ、どうしよう」

 遠くなる会話、万里のその言葉を境に私の意識は途絶えた。何が神イベだったんだろうか、万里は何でそんな焦ってたんだろうか。会話すらまともに聞いていなかったから、分からないけれど。私は、結局万里から離れて寝たっけ。それも忘れちゃったけれど。

「おーい、ミキさんたち」

 次の日の朝、朝ごはんを作りに来た臣くんに起こされた。最初に目が覚めた私は、「よく呑んだみたいだな」と笑う臣くんと目が合い苦笑いになる。そういえば昨日は結局、どの辺で寝たんだっけ。起き上がろうとして、体に力を入れる。しかし、どう頑張っても起き上がれなかった。飲みすぎて力が入らなくなったのだろうか、そう思ったけれど違う。その時、視界に入った自分の後ろから伸びている腕に気づいた。あれ、私の腕じゃないよね。筋肉質で、確実に男の腕。視界の先には、至がいるからこれは至じゃないのは分かるのだけれど。

「……え」

 私を抱き寄せたまま寝ていたのは、万里だった。顔だけ後ろに向けると、すやすやと眠る万里の顔がそこにあった。整った顔が近くて、私は勢い良く顔を戻す。あれ、昨日結局どうしたの?私は万里から離れた記憶がなく、万里に抱かれながら暫く考える。いや、待って、どういうこと。とりあえず、こいつは何で私を抱きながら寝てるんだ。

「いやぁ、犯罪ですよミキサン」
「は?」

 私の次に起きた至は、私と万里のその状態を見て口元を押さえて笑う。私は、思わず眉を顰める。そしてそのまま八つ当たりのように、肘で後ろの万里を殴った。その瞬間、後ろから唸り声が聞こえ腕の力が緩む。勢いに任せて起き上がり、後ろにいた万里を睨んだ。どうやら、みぞおちに当たったみたい。ざまあみやがれ。でも万里は私を見ると、そんな苦しみすらなかったかのようににやりと笑った。

「おはよ、ミキさん」
「お、おはようじゃない!クソガキ!」


- 4 -

back | next


ALICE+