瀬名泉の弟が間違えられる


 俺の名前は瀬名なまえ。普通科2年生、テニス部。いたって普通の高校生だ。何か人と違うものを挙げるとしたら兄の存在かな。兄は、アイドル科に在籍しておりKnightsというユニットでアイドルをしている。モデルもしてたし、世間でちょっと名の知れている人だったりする。学院では強豪のユニットであることからちょっとした有名人で、俺の自慢の兄だ。そんな兄の下に生まれた俺は、顔も似ていて入学時は瀬名泉の弟として結構噂されたらしい。けれど残念ながら、俺は兄のように輝かしい人生を送っているわけでもない。部活熱心なただの男子高校生だ。

『なまえ?俺の練習着間違えて持ってない?』
「練習着?ちょっと待って、……わ、ある!ごめん!」

 放課後、今日はテスト前であることから部活は休み。家に帰って勉強を少ししようなんて思っていた矢先、兄から電話が掛かってきた。リュックには丁寧に兄の練習着が入っていた。電話越しに「やっぱり」とため息まじりに声が聞こえる。昨日間違えて入れてしまったのかな、やってしまった。

『なまえ今日部活休みでしょ、アイドル科まで持ってきてくれない?』
「そっちまで?んー……別に良いけれど」
『はい決まりー。よろしくねぇ』

 そう言うとすぐ電話は切れた。アイドル科まで行くのにはまず担任の許可がいる。今まで一度も行ったことがなかったから、教室にまだいた担任にアイドル科に忘れ物を届けに行きたい旨を伝えると案外あっさり許可を貰えた。前に女子が担任にねだっていた時は、全然許可が下りてなかったのに身内って凄い。俺は、リュックを担いで早足で教室を出た。アイドル科の建物には一回違う門をくぐらなければならない。ただでさえ大きいこの学院、アイドル科だけ違うのはこういうとき不便だと思う。というか、どこに持っていけば良いか聞くの忘れてしまった。まあでも、Knightsって強いユニットだっていうから聞けば分かるだろう。初めてのアイドル科の校舎に俺はちょっとだけ胸を高鳴らせながら歩み進めた。今行くからね、兄さん!

 アイドル科の人たちは、普通科とは全然違った。なんというか、オーラが違う。あとイケメンしかいない。なんだか場違いなところに来てしまった感が強くて少し猫背気味に歩いてしまう。だめだ、こういう歩き方をしていると兄に怒られる。姿勢をしゃんとして俺は、兄の居所を見つけるべく向こう側から歩いてくる金髪でメガネの人に声をかけた。

「ねえ、君。Knightsの……」
「ひっ!泉さん!!!」

 逃げられた。彼は俺が話しかけた途端、顔を青ざめ回れ右そしてダッシュした。……えっ、なんで?と言うか去り際に泉さんと言ったから彼は兄のことを知ってる。じゃあ知っているはず!思わず俺は彼を追いかけた。「ちょっと!」と声を掛けると、追いかけていることに気づいた彼は「ひいいっ!」と更に嫌そうな顔をしてスピードを上げる。そう言えばこの人の顔、兄の部屋で見たことある。じゃあ親しい人じゃん!なんで逃げるの!足には自身のある俺だけど、校舎内を理解していない分彼をすぐ見失ってしまった。折角知ってるだろう人を見つけたのに……。唯一の希望であった彼を見失って俺はまた途方にくれ廊下をあてもなく歩いた。

「そこに居たんですか瀬名先輩!!」

 瀬名に反応して振り向くと、自分より身長の小さく少し幼顔の男の子がいた。髪の毛は少し暗めの赤、瞳は落ち着いた紫色だ。彼は、俺を見つけると腕を組んで「Lessonの集合時刻になってもいないから探しましたよ!」とぷんぷん怒っている。れ、レッスン……ああ!じゃあこの子はKnightsの子だ!金髪の人を見失ってあてを失った俺に奇跡が訪れた。俺は思わず彼の手を取って笑顔で話しかける。

「探してた!レッスン室はどこ?!」
「ひいいっ!……瀬名先輩……何かおかしなものでも食べましたか……っ!?」

 彼は俺の手を振り払い少し後ずさる。そうか、彼は俺のことを兄だと勘違いしてるんだ。俺と反対にクールな雰囲気を持っている兄がそんなことしたらそれはやっぱり奇妙なものでもあるもんな。俺は、ごめんごめんと謝って誤解を解こうと彼に話しかけた。

「俺、瀬名泉の弟なんだ。兄さん忘れ物をしたみたいで、Knightsのレッスンルームまで連れてって欲しいんだけど……」
「瀬名先輩の弟?……ははーん、もしや私めを騙そうとしているのですねっ。そんな演技に釣られませんよ!さあ、lesson roomまで行きましょう!」
「えっ、ちょっと、演技じゃなくてほんとう」
「今まで瀬名先輩に弟がいるなんて聞いたことがありません!今更そんな設定付け加えなくてもいいです!」

 彼は俺の腕を掴むとぐいぐい引っ張り歩き出す。自分より小さい彼に引っ張られることから少しかがんだ体制になってとても歩きづらい。引っ張らなくてもついて行くのに、というかこれで兄がレッスンルームにいたらこの子びっくりしちゃうんじゃないかな。どうにか着くまでに誤解を解いておきたいけれど、彼はもう信じてはくれなさそうだ。

「ちょっとぉ、泉ちゃんが連絡なしに遅刻とは珍しいわねぇ」
「本当、ありえません!瀬名先輩、自分が弟だとか言い出すんですよ」
「だから、それは本当だって言ってるじゃないですか」

 レッスンルームについて直ぐさま期待は打ち砕かれた。いないじゃん兄さん!横で未だに怒っている司くん?は、俺のことを弟だと認めてくれないし。俺は、思わず頭を抱えた。今まで兄に間違えられたことは多々あったけれど、ここまでして誤解が解けないのは初めてだ。……いや、今まで間違えられると逃げてたから誤解を解いたことなんて一回もないんだけれど。レッスンルームにいるKnightsの面々に遅いと文句を言われ、条件反射のように「ごめん」と答えてしまう。違う、俺は瀬名泉じゃない。

「あれ……セッちゃん身長縮んだ……?」
「本当だ、セナ少し小さくなったな!どうした!?や、待って、答えないで!妄想させて!」
「だから、俺は瀬名なまえと言って」
「ああ!答えないでって言ってるじゃん!」

 どうやら、俺の話を誰も聞こうとしてくれないみたいだ。ゆっくりと目の前に来た黒髪の人は、赤い目をこちらに覗かせ「俺より小さい?というか、王さまと一緒くらいだねえ……」と言うと小声で「セッちゃんならまだ来ないよ〜ざんねん」と言った。……待ってこの人、俺が兄じゃないの分かってる!目を開いて黒髪の人を見ると、また楽しそうに笑って眠いと隅に行って寝転がってしまった。

「セッちゃんが変なのはいつものことじゃん〜練習しないなら寝ててもいい……?」
「確かにそれもあるわね、凛月ちゃんもう始めるから寝ないで」
「お願い、話を聞いて……」

 兄がいつも変だという言葉に周りが納得しだす。家では、普通だから俺には兄の学校での実態が掴めない。聞きたいところだけど、この人たちは1人を抜かして俺を兄だと思い込んでるし兄は兄で絶対教えてはくれなさそう。俺を兄だと信じて疑ってくれない彼らを眺め、半ば諦め状態になる。そうだ、俺は兄の練習着を届けに来ただけだ、この人達にこれを預けて帰ってしまえば例え勘違いされたままでも後で兄が来てどうにかなるはず。俺はリュックから練習着を取り出して、そこにあった机に置こうとする。けれど、それを見た金髪の人が不思議そうな顔をして近寄ってきた。

「あら泉ちゃん、まだ着替えてないの?早くしてちょうだい」
「あの、俺、兄さんの練習着を届けに来ただけだから。これで帰ります!」

 未だに信じてくれない彼を無視して、俺は机に練習着を置いてリュックを閉じる。もう強行突破だ!あとは、遅れてくるだろう兄に任せてしまおう。信じてくれない彼らに俺の心はもうズタボロ。お願いだから、兄は今日俺に感謝の気持ちを伝えて欲しい。少し泣きそうだから。

「それじゃあ、ご迷惑おかけしました」

 軽く会釈して扉を開けようとする。それと同時に扉が開き、俺は入ってこようとする人にぶつかった。痛い。相手に打つけた頭を押さえて唸っていると、「いったあ」と聞き慣れた声が聞こえた。俺はその声に反応して思わず顔を見上げる。そこには、俺と打つかった箇所を抑えて顔を歪まさせている兄がいた。兄は、打つかってきた相手が俺だと気付くと歪めた顔から心配するような顔になり「怪我してない?」と聞いてきた。大丈夫、今の所外傷はないよ。

「ぎゃー!!!セナが2人いるぞ!どういうことだ!」
「王さまうるさい!全く、さっきくまくんに遅刻するのと弟が来ること言ったじゃん」

 兄が来たことでやっと俺が瀬名泉ではないと理解してくれた彼ら。くまくん、と呼ばれた人はさっきの黒髪の人で、兄に文句を言われると「面白いから放っておいた」なんて言ってた。寝転がりながら俺に視線を向けると「セッちゃんと本当似てないよねえ」と目を細めて笑った。

「凛月先輩、分かってるんだったら早く教えて欲しかったです」
「そうよぉ、弟くんに迷惑かけちゃったじゃないのぉ」

 ここまで俺を引っ張り、なおかつ弟だと信じることのなかった赤髪の彼は、近寄ってくると「不快な思いをさせてしまいましたね、申し訳ありません」と頭を下げた。ちょっと驚いた俺は、彼の肩を叩いて顔を上げることを促す。

「俺ももっとはっきり言えばよかったね、こちらこそごめん」
「い、いえ!……こう普通に会話をしますと、瀬名先輩とは大違いで寛大なお方ですね」

 へらっと緊張の緩んだ笑みを見せたかと思うと、俺の横の兄を見てすぐさま顔が強張る。どうしたのだろうと思って横の兄を見ると、笑っていた。とは言っても目は笑っていない。それを見た赤髪の彼は、俺の背後に隠れ兄から逃げようとする。

「かさくん、なまえを盾に使うとか良い度胸だねぇ」
「ひっ、なまえお兄様お助けください!」
「なまえお兄様……あ、俺?助けろと言っても」
「なんだお前!本当にセナの弟だったのか!?初めて見たぞ!」
「うわああっ、なんで飛びついてくるんですか!」
「ちょっとぉ!」

 前後で人に挟まれもみくちゃにされる。それを見た兄が怒鳴りながら2人を俺から引き剥がすと2人の首根っこを引っ張るが、後ろでは赤髪の彼が抱きついて離れないし前ではオレンジ髪の人が肩を抑えて俺を揺らすからどうしようもない。俺は、この収拾がつかない状況に頭が回らずされるがまま、流されるがままでいた。ただ分かるのは、兄がいつもは見せないような顔で怒鳴っているということ。兄は、こんな環境で毎日過ごしているのかあ……。なるほど、俺にはこれはきつい。そうだもう、アイドル科に行くのはやめよう。俺は、耳元で聞こえる騒ぎ声を聞き流しつつ考えるのを諦めた。

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