低血圧な守沢千秋



 日曜朝7時。私の日課は、ご近所の幼馴染を起こすところから始まる。朝ごはんの良い匂いが漂う家に、当たり前かのように上がり挨拶をする。優しいお母さんのいつもありがとね、という言葉に思わず笑みが零れる。何言ってるの、今更じゃん。そんなこと言いながら朝ごはんの香りを嗅ぐ。今日はお魚かな、美味しそう。少しだけお腹が鳴る。名残惜しみながらリビングを後にして、私は階段を駆け上がる。そして、上がってすぐ近くの部屋の扉をノックせず開ける。部屋はカーテンがしっかり閉じられてて、隙間から少しだけ光が見えるけれど薄暗い。この時間になる予定だった目覚まし時計は、音を立てず静かにしている。これは止めたな。ため息を吐きながら、ベッドにいる布団に丸まった大きなそいつを見る。そして、静かに息を吸い込んだ。

「朝だよ千秋!!起きて!!」

 大きな声で呼び起こしながら私は布団を剥ごうとする。けれど、一向に布団を手放そうとしてくれない。私もベッドに片足を乗せて精一杯引っ張りあげるけれど、男子高校生の力には敵わない。というか、この人流星隊とかそういう戦隊モノのアイドルユニットにいるんじゃなかったっけ。そういうヒーローは朝に強くタイプじゃないの?朝に弱いヒーローって子どもたちに怒られちゃうよ。

 私は、一旦手の力を緩めて見下ろす。すると、布団を抱え込んだ千秋は寝返りを打って再び寝息を立てだした。今日は、いつも以上に起きない。部屋を見渡すと、ライダーシリーズのDVDが散乱している。なるほど、これは夜通しDVDを見ていたな。部屋に散らかったDVDを拾い上げ、棚に戻す。片付けてもう一度、ベッドで寝息を立てている千秋に目をやった。よいしょ、と立ち上がりもう一度ベッドに近づく。

「千秋、起きろー」
「……んん、今何時だ……?」

 少しだけ目を開いて布団から顔を出す。その質問に7時15分だよ、と伝えるとベッドの中で伸びをする。よっしゃ、これは起きてくれそう。

「あと15分だな……」
「そう、だから起き……は?寝るの?」

 千秋は再び布団を被って寝だした。待ちなさい、普通はここで起きるところでしょうが。私は思わず頭を抱えてしまった。ため息をついて意を決する。これはもう強行突破だ。私は、ベッドに足をかけ布団を思い切り剥ぎ取った。

「さっさと起きなさい!」

 布団を剥がされた千秋は、突然の寒さに身を縮こめる。まるで子どものような姿に私はちょっと顔がほころんでしまったけれど、今はそんな場合じゃない。この日曜7時台の日課が今、まさに、本人によって果たされなくなってしまいそうなのだ。録画してるどいえど、ニチアサはリアルタイムで観たいと言っていたのはどこのどいつだ守沢千秋。千秋は、再び目を少しだけ開けるとなまえ、と私を認知したかのように呟く。私は、腕を組み頬を膨らましてあたかも不機嫌であるような態度を見せる。けれど、寝ぼけている千秋にはそれは無効果らしくへらりと表情筋を緩めて笑ってきた。

「なまえ寒いぞ……」
「それなら起きなよ、布団はあげないよ」
「んー……」

 ベッドに乗り布団を千秋から遠ざけると、千秋は起き上がり私の腕を掴んできた。このまま起こしてやろうかと思った矢先、千秋は私を引っ張りそのまま横になる。私は勢いでなだれ込むように千秋の胸に倒れてしまった。さっきよりも深いため息を吐いて私は起き上がろうとしたけれど、腕を掴んでいた千秋は私を抱きしめるような体制になってしまい身動きが取れなくなる。そして、そのまま寝返りを打ち出すものだから私は千秋の下に追いやられてしまった。それにしてもこいつ、力が強い。あと私より体が大きいのだから下手したら押し潰されてしまうんだけど。

「千秋さーん……」

 半ば諦め気味に声をかけると、見上げる位置にある顔からは静かな寝息が聞こえた。千秋の胸に押しつぶされそうになりながらも顔を見る。いつもは豪快に口を開けて寝ている千秋だけど、今日は珍しく落ち着いた寝顔を見せていた。少し可愛いなんて思ってしまったけれど、悠長なことをしていたら私が死んでしまう。私は、辛うじて動かせた手を千秋の背中に回して強めに叩く。

「千秋、死ぬ。私、千秋で圧死はしたくない」

 すると今度は素直に腕を立て、起きようとする体制になった。お陰で私に圧迫する重さは消えたけれど、はたから見たら押し倒されているような状況。お母さんが来たら発狂しそうだ。千秋は、やっとのこさ目をしっかり開く。そして、私の顔を見ると自分の今の体制を理解したのか段々と顔を赤くした。

「おはよう、千秋」
「お、おお、おはようなまえ……あの、これは」

 千秋は、体を硬直させ目を泳がす。どうやら、寝ぼけてこの体制になったことはあまり覚えていないみたい。普段から私を女としてあまり意識していないくせに、いざそういう状況になるとこうだ。私は意地悪に笑って首を傾げる。するとみるみるうちに千秋の顔は赤さを増し、勢い良く起き上がった。

「す、すまん!折角起こしに来てくれたのに、とんでもないことをしてしまったようだ!」
「あー、いいよいいよ。起きるのが遅かったことには不満だけどね」

 勢いよく起き上がり土下座をする千秋を見つつ、私はゆっくり起き上がる。上げようとしない千秋の頭を撫でて、時計を確認した。時間は、7時25分。やばい、あと少しで始まってしまう。撫でている動きを止めて、軽く頭を叩く。そして、時間、とだけ呟くと千秋はばっと顔を上げ同じように時計を見た。そして、勢いよくベッドから降り立ち上がる。さっきまでの布団を掴んでうだうだしていた姿とは違い、もう既にいつもの千秋の姿だ。

「よ、よよ、よかった!し、7時半には間に合ったぞ!」

 ……違った。なんだかぎこちない動きを見せる千秋は、私の顔を一瞬見ると勢いよく背けてテレビをつけ出す。さっきのことを気にしているみたいで、テレビをつけると体操座りをして動かなくなった。幼馴染と言えど、お年頃の時期。距離感を気にしてしまうのは仕方ないと思う。けれど、それを自分だけ気にしてるみたいな態度は気に食わない。私だって気にしてるっての。こうやっていつも起こしに行くのだって、千秋に彼女が出来たら出来なくなっちゃうんじゃないか、って不安に思ってたりするのに。まあ、本人に言ったことはないから伝わらないし、それは自業自得なんだろうけども。

 私は、ベッドから降りて体操座りから動こうとしない千秋の横に寄り添うように座る。あえて触れるくらい近づいてやったから、千秋はびくっと肩を跳ねさせ驚いた顔をこっちに向けてきたけれど気にせずテレビを見る。こういう時しか意識してくれないものだから、口で言えない分動いておかなきゃ意味がない。

「なまえ……あの、近いのだが」
「気のせいじゃない?」
「そ、そうか……?」

 身じろぐ千秋を無視して、更に体重をかける。ちらりと千秋を見ると顔を少し赤らめつつ眠そうな顔をしていた。もう、まだ眠いんじゃんか。けれど、こんな姿を見れるのはまだ私くらいしかいない。いつか、私以外が起こすことになってしまうのはまだ許せない。だから、それまでにどうにかして引き止めておかなければなんて思ってしまう。私は、テレビから目を離そうとしない千秋をもう一度見る。

「千秋」
「ん?なんだ?」

 私の呼びかけに応じた千秋は、ちらりとこちらを向いてくれた。頬の赤さは引いていたけれど、少し緊張した面持ちを見せる彼の目をじっと見る。

「おはよう」

 口角を上げて挨拶をすると、千秋もそれに安心したのか顔の筋肉を緩めて笑う。ふにゃっとなった笑顔が可愛くて口元が緩んでしまった。まだ、この笑顔は私のもの。おはよう、と言う姿はヒーローでもなくただの幼馴染の姿で、ちょっと嬉しかった。


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