瀬名泉が行方不明の幼馴染を探す


 なまえが消えた。その話を聞いたのは、3日前の夜だった。雪が降る冬空の中、幼馴染で幼少期から一緒に過ごしていたなまえの母親が、取り乱しながら家に来たのを覚えている。今日の朝は普通に一緒に学校に行っていたのに、何を言っているんだろう。俺は、事態を飲み込むのに3日かかった。

「どこにいるの、返事くらいして欲しいんだけど」

 留守電になってしまうなまえの携帯にメッセージを残す。なまえは、夢ノ咲学院の普通科3年生。幼少期から一緒にいたことで、当たり前のように高校も同じ学校を選んだ。学科は違えど、ドリフェスには欠かさず来てくれたり、休みの日は一緒にいたりと3年間、時間を共有することは多かった。3年間で何人に告られて全員断ってることも知ってるし、大学受験を決めたなまえが、最近は柄にもなく夜遅くまで勉強していたことも知っている。夜遅くまで起きていることが苦手なくせに、目の下に隈を作って不細工な顔をして学校に行こうとしていたことも知ってる。上手く結果が出せなくて、元気がなかったことも知っている。けれど、失踪するほどのものだとは思っていなかった。

 携帯と財布をコートのポケットに突っ込んで、マフラーを巻く。雪が降っているこんな寒い中、外出なんてしたくもなかったけれど、そんな一時の感情よりなまえが帰ってこない方が自分にとって苦だ。俺は、思いつく限りなまえの行きそうな場所を考えながら玄関の扉を開ける。吹雪いていないだけマシ、そう思いしんしんと降る雪の中に足を踏み入れた。俺は、思いついた行き先の一つである商店街に足を向ける。なまえが好きなカフェや雑貨屋などを見て回るけれど、そこになまえの姿はなかった。その代わりに、行く先々でなまえのことを思い出す。駅でも、海まで行っても。思い出すのは、なまえのしていたことや表情。海では、王さまが居なかった頃、荒れていた自分をなまえが叱ったことを思い出す。ケンカになって、悪口を言い合いながら家まで帰ったっけ。結局あの後どう仲直りしたかは覚えていない、いつもなまえが少し大人ぶった態度をとるから、俺はそれが気に食わなかったのは覚えている。いなくなる前もそうだ、疲れ切った表情をしていたからそれを指摘したら強がったことを言われた。

「なにその顔。自己管理もままらないなんて、女としてどうなのぉ?」
「最近勉強が根詰まっちゃってて。いつもなら泉に助けを求めるけど、今回はそうはいかないじゃん」

 進路が違うのだから、となまえは弱々しく笑った。俺は、その一言に返す言葉が見つからなくて聞こえなかったふりをした。あれがなまえにとっての救難信号であったのなら、俺はそれを見て見ぬ振りしたことになる。思い出せば思い出すほど、ここ最近のなまえのいつもとは違うと言える態度が見つかる。嘘でしょ、あんなに分りやすいはずなのに気づけなかったて言うの。歩みを止めることなかった足が、段々と重くなり止まってしまった。雪は降りやまない、むしろさっきより強く降っている。鬱陶しい。

「意味わかんないっての」

 もしかしたら、を期待して携帯を開いてもなまえからの連絡は一つもなかった。音沙汰のない携帯を乱暴にポケットに戻して再び歩き出す。こんな寒い中、外にいたら死んじゃうんじゃないの。悪態をつこうにも、それが事実になってしまうのが怖くて振り払うように首を横に振る。やめて欲しい、死なれるのはたまったもんじゃない。あの王さまのように、何事もなかったかのように帰ってきて欲しい。あんたに伝えてないこと、沢山ある。日も沈み、辺りは暗くなる。あてもなくなった俺は、一日中歩いたことで疲労した足を引きずってふらふらと学校の近くまで歩いていた。外灯がちらほらと道を照らすだけで、人影は全然ない学校周辺。やっぱりここもいないか、と俺は肩を落とした。いなくなって3日目。捜索願も出されてるし、ニュースにもなっている。こんな寒い中、ここまでして見つからなかったら希望は薄いのかもしれない。思わず、目頭が熱くなり涙が零れだしそうになる。ありえない、なまえのために泣くなんて考えてもいなかった。

 ふと、アイドル科の校門前で人影を見つける。アイドル科の連中は土日も来ることがあるから、もしかしたらそういう輩かもしれない。自分の期待値を上げないようそう考えながらその人影に近づく。外灯に照らされて立っているその人は、近づいた俺に気づくと少し驚いた顔をした。俺も足を止める。

「泉、どうしたの」
「……」

 何がどうしたのだ。3日間いなかったことなんてなかったかのように笑うなまえは、何事もなかったかのようにそこに立っていた。寒さでだろうか、鼻も頬も赤くなっている。傘も持って来なかったのだろう、雪が頭や肩に少し積もっている。俺は、傘を捨てなまえに抱きついた。コート越しでも分かるなまえの冷たさ。少し震えている。今まで何してたの、どれだけ迷惑かけてるのか分かってんの。頭の中で出てくる小言をぐっと抑える代わりに、俺は冷えたなまえの体を強く抱きしめた。

「痛い」
「うるさい」

 抱きとめたなまえの体を少し離して、顔を覗き込むように見る。涙の跡があるし、クマもある。可愛くない顔してる。俺と目が合うことで少し動揺しながらもなまえは、少し涙を溜めた瞳でこっちを見てきた。そしてもう一度抱き寄せる。鼻と鼻が当たるくらい近い距離、なまえの鼻冷たい。本当、今まで何してたの。なまえは何か言いたそうな顔をしていたけれど、俺はそれを無視してキスしてやった。

「冷た、冷えすぎでしょ」
「あはは、雪降るとは思ってなくて」

 唇を離していつも通り悪態をついてやる。なまえは、一瞬戸惑ったような表情を見せたけれど直様笑った。さっきからそうだけど、無理矢理笑うこの顔が憎たらしい。俺は、寒さに冷えた手でその頬を引っ張ってやった。痛い、と顔を歪ませ涙目になるなまえを睨むように見る。うるさい、文句を言うなら笑うな。俺は、手を離して強引になまえの手を引っ張った。

「ほら、帰るよ」

 手を引っ張って歩みを進めようとすると、ふらふらと歩き出すなまえ。足に殆ど力が入ってないらしい。俺は、ため息をついて、はい、と背中を差し出す。

「えっ、いいよ。大丈夫」
「何が大丈夫なの?寒いんだからさっさと乗ってよね」

 その言葉になまえは、渋々と俺の背中に体重を乗せる。そしてそのまま立ち上がって帰路へと着く。なまえは、何も喋ることなく静かにしていた。もしかしたら寝ているのかもしれない。落とさないように、割れ物を扱うように俺は腕の力を強める。帰ったら寝させよう。起きたら、沢山文句を言ってやってもう一度抱きしめてやろう。俺は、こいつの苦しみや痛みなんかこれっぽっちも分からない。けれど、聞いてやることは出来るはず。もう少しで環境が変わってしまう。その前に、俺はあんたの横にいてやると繋ぎとめておきたい。耳元で寝息が聞こえる。俺はその音に耳を傾けると少しだけ笑みが零れた。

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