Medium roast


「方向一緒なんでしょお、さっさとついてきなよ」

 振り返った瀬名さんが不機嫌そうに言った言葉は、その一言だった。
 どう見てもさっさと帰りたいと言いたげな様子なのに、瀬名さんは私が自分の横に来るまで待っていてくれた。私が横にたどり着いたところでちらりと目配せすると、顔を背け再び歩き出す。私はそれに少し遅れながらも、追うように着いて行った。何か話すわけでもなく、ただ横に並んで歩く。いつも1人で帰る道を誰かと帰るなんて初めてで、無性にそわそわした。

「あんたさ、店にいる時と雰囲気全然違うねぇ」

 暫くの沈黙を破ったのは瀬名さんだった。どういう意味だろうか、私は横に並んで歩いている瀬名さんをちらりと見上げる。瀬名さんも私を見ていたようで、自然と目が合った。
 私より数センチも背の高い瀬名さんは、私を見下ろすように見ている。いつもはこんな角度から見ることないから、少し新鮮。それにしても、やっぱり顔が良いなこの人。

「そうですか?」

 じっと見返したからか、瀬名さんは再び私から視線を逸らす。私は、瀬名さんの言葉にあまり実感が湧かずにいた。思っている限り、自分はいつもこんな調子だし、意識して雰囲気を変えたことなんてない。首を傾げると、瀬名さんは私を見て眉間に皺を寄せた。暗くて表情はあまり見えないけれど、いつもは見れない顔をしている気がする。

「瀬名さん、変な顔してますよ」
「はあ?勝手に人の顔ジロジロ見ないでくれる?」

 その時ちょうど、街灯が私たちを照らした。小さな灯から見えたのは、怒り口調の瀬名さんが更に眉間に皺を寄せた表情。顔は元から整っているし、変な顔なんていい方はちょっと違う気がして心の中で訂正する。けれど今の瀬名さんは、作られていない表情というのだろう。こっちの表情の方が自然体なのだろうか、店に来た時に見せる顔とは違って自然に見えた。

「……自覚ないの?店ではいっつも笑顔で愛想振りまいてんじゃん。俺でも分かるのに」
「瀬名さん、私のことよく見てますね」
「見てないからぁ!店にあんたがいるのが悪い」

 焦ったかのように、言葉をまくし立てる瀬名さん。なんて理不尽な、私はその言葉を受け流すように笑う。瀬名さんは私が指摘したことに対して、何処か照れでもあるのだろう。ぶつぶつ文句を言いながらそっぽを向く。なんだか、瀬名さんが可愛らしく見えてきた。言ったら怒られそうだけど。

「瀬名さんもいつもと違いますよね、なんと言うか雰囲気?」

 会話を再開するように、次は私が話題を振る。けれど、すぐに返事は返ってこなかった。気に触ることだったのだろうか、私ちらりと横目で瀬名さんを見る。瀬名さんは、歩みを止める事もこちらを向くこともなく、私の視線を感じとるとため息をついて薄く笑った。

「なぁに?瀬名泉が性悪だってSNSにでも書くの?」

 先ほどより少し弱い声で瀬名さんは呟く。瀬名さんは、私と同じようにちらりと目線だけをこちらに向けた。

「え、なんで?」
「えっ」

 私は思わず言葉が漏れていた。気をつけているのだけど、気を抜いたら思った事を口走ってしまう。自覚している欠点のひとつだ。−−−それは良いとして、私の言葉を聞いた瀬名さんは目を大きく開いてこちらを見ている。今日は瀬名さんの色々な表情が見れた気がするなあ。

「特に危害を加えられたわけじゃないのに、というかビール買ってもらっちゃったし」

 私は片手に持っていたビニール袋を持ち上げる。中には弁償という事で買い直してもらったビール2本とおつまみ。私にとったらもうこれで十分だ。

「それなら良いけどぉ……」
「お陰で、今日はこれ飲んで夜更かし出来ます」

 ちょっと前に借りていたDVDを消化して、明日は昼まで寝るつもり。私は、予定より帰宅が遅くなってしまったことを悔やみつつも家に帰ってすることをシミュレーションする。そんな私に、夜更かしなんて肌に悪い、と瀬名さんは言葉を漏らした。
 瀬名さんは明日も仕事だろうか。ふと、先日見た芸能人の生活を思い出す。瀬名さんは人気アイドル、休みなんてそうそうないだろうと勝手に判断した私は、「明日は休みなんです」と言いかけた口をぐっと堪えた。

「あ、私の家ここです」

 気がつけば、もう家の前に来ていた。私は小さなアパートを指差し、立ち止まる。瀬名さんはなんだかんだで家までついて来てくれたようで、私は「ありがとうございました」と言葉をつけてお辞儀をした。けれど瀬名さんは、それよりも気になることがあったのか、反応を見せることなくただ立っていた。

「瀬名さん?」
「……嘘でしょお?」
「本当ですけれど……そういや瀬名さんの家は」
「俺、こっち」

 食い気味に瀬名さんは答える。こっち、と指差した先には目の前の新築マンション。小さめではあるが、私の年季の入ったアパートとは全然違い、外装からエントランスまで綺麗で品があった。

「わあ、近い。驚きました」
「それ本当に思ってるのぉ?」
「ほんとほんと」

 驚き方に不満があったのか、瀬名さんはむすっとした顔をする。この短い帰路で覚えた、瀬名さんのオフの顔。自然と見せてくれるようになった事が少し嬉しくて、私は答えるように笑った。

「じゃあ、またお店で」

 ひらりと手を振って瀬名さんに背を向ける。

「おやすみぃ」

 すこし遅れて聞こえた言葉は、おやすみ、のひとこと。耳を澄まして聞いていたわけじゃないからそれが確かだと言いにくいけれど、私の耳にはそう届いた。
 ちらりと振り返ると、瀬名さんはもうエントランスに向かっていた。私は瀬名さんのその背中に、おやすみなさい、と呟く。さすがに聞こえなかったのか、瀬名さんはそのままマンションに入っていった。長い足を無駄なく使う歩き、それを見届けて、私も部屋の鍵を開ける。

「ゲストはKnightsだよ!!!」

 静かすぎる部屋が嫌で、電気よりも先にテレビをつける。その時タイミングよく聞こえたのは、きらきらの笑顔を振りまくアイドルが口にしたKnightsの単語。知ってる、その単語。私は立ったまま、ビニール袋に入ったビールを1本手に取りプルタブを開ける。テレビでは、さっき一緒に帰った瀬名さんが、他のメンバーと一緒にスタジオに現れていた。観覧席に、カメラに柔らかな笑みを見せる瀬名さん。さっきまでの、眉間に皺を寄せた表情を思い出してふふっ、と笑ってしまった。

「瀬名さんも大変だなあ」

 私は、喉を潤そうとビールを一気に飲む。テレビでは瀬名さんが優しげに笑っていた。

backnext



ALICE+