Kona coffee


「コーヒー好きだね」

私は、掛けられた言葉に気怠げに振り向く。被っていたタオルケットが、素肌に擦れてこそばゆい。振り向いた先にいる男は、私の持つマグカップを見て笑う。

「まあね」
「今日はどこのコーヒー?」
「あー、コナコーヒーっての」
「知ってる〜高級だよね確か」

男は私の手からマグカップを取り、一口飲む。口に含み、舌で味わい喉奥へと流す。そして一言、「酸っぱい」と言った。私は、その言葉と男の表情に笑う。

「高級って先入観、味を悪くするから辞めたほうがいいよ」
「言うの遅くない〜?」

マグカップを取り返し、一口飲む。少し冷めて酸味が増したコーヒーは、私の好きじゃない味になっていた。やっぱりコーヒーは、熱いうちが1番美味しいなあ。

「名前」

マグカップから口を離したところで、男は私にキスをした。口の中でコーヒーの香りが混ざり合う。

「今日もありがとね〜」
「律儀だね、どういたしまして」

唇を離し、鼻と鼻がつく距離で男は感謝を述べる。私は返事をするように、笑みを浮かべてみせた。
この人は、いつも私のコーヒーを飲みたがる。そして、最後には律儀にお礼を言う。その行為がまるで、この男の癖を表しているようで笑えてしまう。確か私のことも、自分の友人から横取りしたよね。今更、どうでも良いのだけど。

「それじゃあ、またね」
「うん、また」

閉じられた扉は、少しだけ私に虚無感を与えた。









「24、高校は夢ノ咲です」
「は?嘘でしょ?」
「なんでここで嘘吐かなきゃいけないのですか」

瀬名さんは、不服そうに私を見る。そういえば、と思いついたように聞かれた年齢。教えてなかっただろうか、私は朝の虚ろな頭で考えつつも口で答えていた。瀬名さんと同い年、高校は夢ノ咲です。なんて余計な情報も加えて。

「何科?」
「普通科です。普通に生活してました」
「なら、アイドル科のライブに来てたりしてたの?」
「……ごめんなさい」
「そんな気がした」

瀬名さんは、予想通りの言葉を貰ったと言わんばかりに口元を緩め微かに笑う。高校時代、アイドル科のライブに行く友人は何人もいた。誘われもしたし、この学院内にある未知の世界に踏み出したい気はしていた。

「部活だったので、そっちに時間を取られてました」
「なるほどねぇ」
「瀬名さんの学生時代、見ておけば良かったです」

ちょうど落ちたコーヒーをカップに注ぎ、蓋を閉める。スリーブもつけて、はいどうぞ、と渡すと瀬名さんは小さく礼を言って受け取った。

「いいよ、見なくても」

照れ隠しなのか、早口で言葉をまくし立てる瀬名さん。一瞬目をそらした後、何かを思い出したのかすぐさま私を見た。

「ねえ、コーヒー豆いらない?」
「豆?」
「そう、ハワイのコナコーヒー。少し前にハワイでロケしたからさぁ」

お土産、瀬名さんがそう言って取り出したのは、ハワイアンなデザインの袋にパッケージングされたコーヒー豆。コナコーヒーといえば、希少なコーヒーで有名な物のひとつ。チェーンのコーヒー店ですら、期間限定でしか販売しないくらいなのに。

「わ、100%を買ってきたんですか」
「調べたら、こっちの方が珍しいって買いてあったから」
「そうなんですよね、どこ行っても大概ブレンドになってしまうんですよ」

私は、袋から香るコーヒーの香りを嗅ぎつつ語る。コーヒーは好きだから大抵の種類は飲んでいるつもり、けれどコナコーヒーは初めてだ。気分が高まる、帰ったら絶対飲もう。

「ていうか、調べてくれたんですか」
「……俺が飲みたかっただけで、あんたのはついでだから。勘違いしないで」

瀬名さんは眉間にしわを寄せ、何故か不貞腐れたような口振りで言葉を返す。勘違いも何も、前のサイフォンから瀬名さんはコーヒーについて色々と聞いてきてくれる。
興味を持ってくれたんだ、それが凄く嬉しい。

「飲んだら感想ちょうだい」
「ありがとうございます。すぐ飲みます、すぐ言います」

コーヒーを一口飲んでマスクをつけると、私をちらりと見て出口へと向かった。その姿に私は、もう一度ありがとうございました、とお礼を乗せて見送る。

瀬名さんが通うようになってから、早3ヶ月が経った。陽も伸びて、外に出れば暑さが体を刺激する。良い点が見つからない夏は、少し苦手だ。

「お疲れ様でした」

仕事を終え家まで道のり、セミも五月蝿いし日差しは痛い。焼けたくないんだよなあ、私はこの時期に見合わないパーカーに袖を通しつつ目を細める。暑いけれど仕方がない事。少し汗ばんでいる肌に苛立ちを覚えつつ、その足でいつものコンビニへと足を踏み入れた。
冷房の効いたコンビニの奥にあるショーケース。ビールを数本抱え、私はレジへと向かった。夏は嫌いだけど、ビールが1番美味しく感じる時期は夏だと思っている。そして明日は嬉しいことに休み。夏のビールを満喫できるチャンスだ。いっそのこと、ケースで買えば良かったな。ああでも、今日はあのコーヒーも飲みたい。
予定を企てつつコンビニを出たその時、私の携帯が震えた。これはメッセージのバイブレーションだろう。日中の夕方、大抵の友人は仕事で連絡を取ってくる事はない。だから、画面を見なくてもなんとなく察してしまう。

「……あー」

やっぱりか、私はメッセージの差出人を見て口元が引きつる。この瞬間、私の休みは予定変更となった。まあ、特にする事なかったし良いのだけども。

了解、その相手に返す言葉はそれだけ。連絡を寄越した相手は、どうやら近くにいて家に来るらしい。家に帰りビールを冷蔵庫へと入れた私は、大して物のない部屋を気持ち程度に片付ける。
ふと、瀬名さんがくれたコーヒーが目に入った。今飲んでしまおうか、私はそのパッケージを見つめて暫く考える。

「……後でいっか」

私は、コーヒーをキッチンの目立つところに置く。どうせ明日も休みだ。瀬名さんと会うまで、時間はある。

暫くして、家のインターホンが部屋に音を響かせた。多分、目的の人物だろう。条件反射のように、足は玄関へと向かう。面倒だなあ、来て良いと言ったのは私だけども。

がちゃりと開いた扉の先で、そいつは気怠げに手をあげる。何を考えているのか分からない紅い瞳、黒髪に映える白い肌。黒猫みたいだな、会う度そう思う。

「凛月」

私の声に答えるように目を細めた凛月は、鋭い歯を見せて笑った。


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